さばの缶づめ、宇宙へいく

さばの缶づめ、宇宙へいく

 

 力を合わせるとこんなことも出来てしまうんだなーと、興味深く、楽しく読みました。

 

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 大きすぎる夢は、一人で実現するのは難しい。

 でも長い年月をかけて一人一人が力を合わせた時、信じられないことが現実になる。

 その瞬間がついにおとずれた。

 

 2020年11月27日。野口聡一宇宙飛行士が、ISS国際宇宙ステーション)から1本の動画を初めてYouTubeに投稿した。

宇宙食の質問がすごく多いので、今回はその中でも特に話題の……」

 と一つの缶づめを取り出してカメラに向ける。

福井県の若狭高校の皆さんが作ってくれた、『さば缶』ですね」

 缶には世界の宇宙飛行士にもわかるように「Canned Mackerel in soy sauce(サバ醤油味付け缶詰)」と英語で書かれている。そして「Fukui Wakasa High School」の文字。

「普通、缶の宇宙食は開ける時にプシュッと汁が出てきちゃったりするんですけど、これは大変優秀。汁が出てきません!」

 野口飛行士はフォークでさばの大きな身を刺し、パクッと口に入れた。

「大変美味しいです。美味し~い!」

「お魚はジューシーで、しょうゆの味がしっかりしみてます」

「高校生の皆さん、ありがとうございます!」

 このビッグニュースはSNSでたちまち全国に拡散されると共に、さば缶を開発した福井県立若狭高校にも即座に届けられた。

 JAXA宇宙航空研究開発機構)から「野口さんがさば缶食べてますよ!動画を見てください!」とのメールを職員室で受け取った「さば缶先生」こと小坂康之教諭は、動画を見て椅子ごと飛び上がるように驚くと、とっさにスマホをつかみ、海洋科学科の教室へ走った。

「大変や~!見て見て!」

 ちょうど休み時間に入るところだった。普段何が起ころうとどっしり構え、動揺する姿をめったに生徒に見せない小坂の慌てっぷりに「なになに?」と生徒が集まってくる。

「野口さんがさば缶食べてくれてる!YouTubeで若狭高校って紹介してるで!」

「え~⁉」「やばい!」

 歓声が起こり、小坂のスマホを生徒が取り囲む。

 さばを宇宙空間に浮かべ、もぐもぐと満足げに食べる野口飛行士の姿を、開発を担当した3人の生徒は、食い入るように見つめていた。「おぉ……」感動が大きすぎるのか、なかなか言葉にならない。だがその瞳はキラキラと輝いている。

 ・・・

宇宙食さば缶チーム」を歴代の先輩から引き継ぎ、14代目にあたる3人のうちの一人で、ムードメーカーの辻村咲里は、さば缶を開発してきた約300人の先輩たちの想いも14年越しで一緒に宇宙に届いた気がして、静かに喜びをかみしめていた。

 一方、彼女たちの苦労を見守ってきたクラスメイトたちは興奮状態だ。

「めっちゃ、すごいやん!」「やったー!」

 自然と拍手が起こった。小坂は湧き出る涙をこらえきれなくなり、そっとその場を去った。

 宇宙食さば缶チームOB、村橋里菜も、感慨深くこの動画を見つめた。

 宇宙日本食さば缶の開発は2006年、福井県立小浜水産高校(通称「浜水」)でスタートした。だが日本で一番古い歴史をもつ水産高校だった同校は今、存在しない。2013年に小浜水産高校と若狭高校が統合。小浜水産高校は若狭高校海洋科学科として生まれ変わったのだ。

 地域のトップ進学校である若狭高校と、職業系で教育困難校だった小浜水産高校の統合は大事件だった。その前後数年間は、地域住民を巻き込み論争となった。混乱の中で「宇宙食さば缶」開発は停滞し、消滅の危機に瀕する。その宇宙食プロジェクトを復活させたのが、若狭高校海洋科学科一期生だった村橋である。

 ・・・動画の中で村橋が感極まったのが、「大変優秀。汁が出てきません!」という野口飛行士の一言だ。

 村橋はまさしく、無重力状態の宇宙船内で汁が飛び散らないように、さば缶の汁をどのくらいの粘度にするか、つまりとろみをつける研究を担当していたのだから。

 ・・・

「缶をさかさまにしても汁が飛び散ってない。狙い通り!」

 動画を見ながら、村橋は思わず声に出す。

 ・・・

 当時は「鯖街道ISSへ!」がチームの合言葉だった。江戸時代、若狭でとれた大量のさばを京の都に運んだ道は「鯖街道」と呼ばれる。その道を宇宙まで届かせるんだと。

 今でこそ、宇宙食さば缶は若狭高校全校の誇りになっているが、村橋たち一期生の時代はそうではなかった。海洋科学科の生徒は普通科の同級生に「魚臭いな」「実習って何してるん?どうせ釣りに行ってたんやろ?」と馬鹿にされることもしばしばだった。「絶対見返してやる」と踏ん張った。そんな負けず嫌いの村橋自身「さば缶が本当に宇宙に行ったんだ……」と内心、信じられない気持ちだった。

 もちろん、当時も「目標は高く!」と自分を奮い立たせていた。けれど、100%宇宙に打ち上がる自信は正直なかった。心のどこかで「そんな夢みたいなこと、本当に実現するんだろうか」と半信半疑な気持ちもあった。

「夢ってかなうんやな……」

 村橋の傍らで共に動画を見ていた小坂がしみじみと言った。

 ・・・

 ・・・実際の小坂は・・・生徒に熱く夢を語り「行くぞ~!」と旗を振るわけでもないし、常に笑みをたたえ相手を受け入れる包容力を醸し出しているわけでもない。シャイなせいか、初対面の相手にはむしろ不愛想にうつるかもしれない。

 だが、生徒が話すのを聞く時、その顔がたちまち緩む。細い目をいっそう細くしながら「よ~覚えてるな」「そやそや、あの時、ほんま君ら頑張ってたよな」とつぶやく。大げさにほめるわけではないが、生徒のちょっとした気づきや一歩踏みこむ瞬間を見逃さず、短い言葉で肯定する。そして「何を考えてた?」とさりげなく思考を促す。

 小坂の言葉で強く印象に残っているのは「宇宙食をただ完成させるなら、もっと簡単に、早くできたと思う」という一言だ。小坂は水産大学で食品加工を専門に学んできた人間だ。生徒を強引に引っ張れば、宇宙食を完成させるのは難しいことではなかったはずだ。

「でも、この宇宙食は時間をかけて大事に育てたかった。色んな生徒が探究を進める中で、『宇宙食』という一つの夢を共有し様々な発想や思考が重なった時、ものすごく良い缶づめができるはずだし、そういうプロジェクトは何かあっても折れようがない」

 だから、「宇宙食をやってみないか」と小坂から生徒に声をかけることはほとんどしなかった。自主的に手を挙げた生徒が取り組むのを待ち、支え続けた。