幸福人フー

幸福人フー 僕の妻は「しあわせ」のお手本

 坂口恭平さんの妻、フーちゃんにインタビューした結果、しあわせのお手本はここにある、となったそうで・・・たしかに絶妙なバランス感覚だと、印象に残るところがたくさんありました。

 

P17

<フーちゃんの特徴>

1 フーちゃんは「孤独感を感じる」と言ったことが一度もない。

2 フーちゃんは「寂しい」と言ったことが一度もない。

3 フーちゃんは「自分は不幸である」と言ったことが一度もない。

4 フーちゃんは「後悔」をしたことが一度もない。

5 フーちゃんは「退屈だ」と言ったことが一度もない。

6 フーちゃんは「つまらない」と言ったことが一度もない。

7 フーちゃんは「虚しい」と言ったことが一度もない。

8 フーちゃんは「人の文句」を言ったことが一度もない。

9 フーちゃんが人と揉めているのを見たことが一度もない。

10 フーちゃんが「人と比べている」のを見たことが一度もない。

11 フーちゃんは「一人で」ゆっくりすることができる。

12 フーちゃんが「落ち込んでいる」ところを一度も見たことがない。

 

 今、思いつくだけ、バーッと書いてみましたが、僕は外でも家でもフーちゃんをずっと見ているわけです。僕もフーちゃんも結構暇人ですので、大抵、一緒にいます。毎日ずっと一緒にいるんですが、本当にこの12点、見たことが一度もありません。もはや異常な人ってくらい、健康な感じがします。一体、この人は何者なのでしょうか。

 どこまで核心に触れられるのかはわかりませんが、研究を開始してみたいと思います。毎日1時間ほど、フーちゃんについてインタビューをさせてもらうことにしました。・・・

 

P63

「人間には不安がつきものである、というのが初期設定のはずなのに、フーちゃんからは不安を感じられない。どこかに隠しているはず」

「隠してるように見えるの?」

「え……、いや、全くそう感じない……。本当に不安を感じてないように見えてる」

「それそれ、そのまま受け取ってよ。そもそも何が不安なの?」

「お金とか、不安じゃないの?」

「お金って?恭平、こんなに頑張ってるのに?」

「でも何度も、お金がなくなりそうな時あったじゃん」

「そっかな」

「なんでわかってないんだよお。あったじゃん、2009年とか、アオが1歳で、貯金残高が10万円切った時」

「あ、あの時はねえ、でも恭平、すぐ引っ越しのサカイでバイトしてくれたじゃん。私も市役所のバイトを申し込んだけど、落ちちゃって(笑)」

「なんで落ちて笑えるんだよ、お金がなくなるかもしれないって時に」

「でもその後すぐ、恭平の高校の同級生で親友のハザマが、100万円くれたじゃん」

「僕の絵と文章と引き換えに、ね」

「その後も、もう一回あったよね?」

「50万円もらった時もあった。絵と引き換えに」

「ハザマに感謝しなきゃ!」

「確かに」

「ほら、なんとかなってきたじゃん」

「でも、他にも何度かお金がなくなりそうな時があったはずなんだけど、あれどうやって切り抜けたんだっけ?」

「他の時は、多分、お母さんがお金くれた」

「えっ?」

「そうだよ、お母さんとお父さんが、私が成長した時のためにってずっと貯金してくれてて、それが、金額を聞いてないけどそれなりにあるらしくて、50万円くらいを何度か入れてもらったことあるよ。もちろん、貯まったら返すんだけど、それでも返せていないお金が結構ある。でもそれ、私のために貯めててくれてたお金だからいいんだって」

「おばちゃん……(泣)」

「ま、恭平、なんとかなるって。恭平は毎日、作品作っているんだし、私のためにお母さんが貯めてくれている、お父さんが遺してくれたお金もまだもう少しあるし。なんにせよ、恭平の両親も私の親も元気だし、どっちも持ち家だし、お金が本当にゼロになったら、どっちかの家に住まわせてもらおうよ。ほら、だから、変に不安を感じずに、あなたは好きに仕事をしなさい。どんな精神状態になっても新しい作品作るんだし、お金がなくなっても住む家はあるんだし、私が思うには、あとはなんの不安があるの?不安感じなくてよくない?」

 フーちゃんは助けてくれる親しい仲間、家族がいるから、なんの不安もないってことなんだそうだ。そして、不思議とフーちゃんの視点から考えると、いつも、なんで僕はこんなに無駄に不安を感じているのか、意味がわからなくなってくる。

 ・・・

「だって、私も恭平も、別に何か高い金額の欲しいものがあるわけでもないし、贅沢するのも別に興味ないし、白米と卵焼きと味噌汁食べてたら、家族全員で美味い!って喜んでるし、別に、それが一日一食になってもそれはそれで仕方ないし、なんとかなるんじゃ?」

 フーちゃんはこんな調子なのである。だから、なんでもいいんだって。

「そんなことはあり得ないと思うけど、もしも恭平が働けなくなるくらい鬱になったとしても、その時は私が働けばいいし、もう子供たちも大きいから自分で自分のことはできるし、恭平はずっと寝ててもいいよ。生きてたらなんでもいい。私だって、今や自分でお店持っているし、そこまで売れてないと言っても、それでもバイトするよりも全然稼げてるし、きっとどうにかなるよ」

「だから、生活の不安とかないでしょ?あとは何を不安がるの?そもそも、恭平って別に不安な人だという認識なんか、私、ないよ。あなたは生きることを楽しんでいるように見えるけど。そうじゃないのは鬱の時だけ。しかも鬱の時だって、一年も続いたことないでしょ。最近なんか5日間くらいで。それくらい休みなよ。死んだら仕方がないよ。もちろん恭平が死んでも、なんとかやっていくよ。きっと大丈夫。私には助けてくれる人がいるもん。恭平だって、毎日いのっちの電話でみんな助けてるし、何かがあればみんな助けてくれるかもよ。そういうふうに考えてみたらどう?なんでも一人でやろうとすると大変だけど、みんな助けてくれるから、困ったら『困ったから助けて』って伝えたらいいだけだよ。私、そういうことを恥ずかしいとか思わないから」

「フーちゃんって、恥ずかしいって感覚もないよね」

「うん。恥ずかしくない。人からどう見られるとか思ってないし、そもそも人ってそんなに人のことを悪く思うものだと思っていないかも」

 ・・・

「俺はフーちゃんみたいに世界を見たいよ」

「うん、いつもはできてるよ。元気な時は。私と同じように、世界に対して開いているよ。開きすぎって時もあるけど」

「なんで、フーちゃんはそんなにバランスが良いんだよ。俺はいっつも偏ってる」

「あははは、そこが恭平のいいところなんだと思うよ」

「ムキー」

 ・・・

 ・・・ついつい僕はよく、フーちゃんみたいになりたい、と言っちゃってました。すると、いつもフーちゃんはガハハと笑いながらこう言うんです。

「恭平が私にもしもなったら、絶対になれないんだけどね、でももしも私になったなら、きっとむちゃくちゃ退屈して、びっくりすると思うよ。だから、恭平は恭平のままでいいの」

 退屈する、と聞いて、少しほっとしたのを覚えてます。あ、いいんだ、僕は僕で、と。その辺の細かいところの言葉の選び方がフーちゃんは徹底して優しいんです。少し、僕が喜ぶように言ってくれるわけですね。しかも、それがおそらく意識的ではない。