「力愛不二」という言葉、初めて知りました。
その通りだなぁと思って読んだところです。
P175
洞窟探検をしていてつくづく感じるのは、「これまでの人生はすべて洞窟のためだったんだなぁ」ということだ。
すでに話したように、洞窟に出合う前のオレは、登山やスキューバダイビングをしてきた。洞窟探検をするようになって、それらの技術がすべて活きていると言える。
例えば、オレがかつて所属していた山岳会には、「登山道は、歩くものではなく、横切るものだ」という教えがあった。整備された登山道は一般のハイカーのためのもので、自分たちのようなアルパインクライミングを志向する人間は登山道を外れ、ヤブを漕ぎ、岩を登って頂上を目指すべきだと。おかげで、地図や地形を見ながら道なき道を登る技術が鍛えられ、洞窟探しで山の斜面をあっちへこっちへと彷徨うときに大いに役立っている。
急峻な岩壁をロープを使って登ったり下りたりするクライミング技術は、洞窟内で急な岩崖や縦穴を登り下りするときに役立っているし、洞窟内で水に満たされた通路に遭遇しても、スキューバダイビングをやっていたおかげで「次は機材を持ってきて、潜ってみよう」と潜水することもできる。
さらに言えば、そうした登山やダイビングの経験だけではなく、自分の本業である建設業の仕事も洞窟探検に活きている。発見した洞窟の入口があまりにも狭いときには、山の上に現場用の機材を持ち込んで大きな岩を砕いだり、洞窟内でも掘ったり岩をどかしたりする。そうした作業は土建仕事そのものなのである。
一般に洞窟探検家はロープを使って縦穴を下りることは得意だけれども、いわゆるクライミングと呼べるようなレベルで急な場所を登れる人は少ないし、水に潜れる人もほとんどいないのが現状だ。実際、うちのチームでも洞窟内でのクライミングとダイビングの両方をやるのはオレしかいない。
まったく先の見えない水中に入っていくときは、今でも恐怖感を覚える。タンクやレギュレーターをつなぐホースが岩に引っかかり、身動きがとれなくなったことが何度もあるからだ。しかし、新しい世界が見られる確率が一番高いのも、水を抜けた先である。水を越えていくのは、危険だけれど魅力的でもあるのだ。
自分で言うのも何だが、「登れます」「潜れます」の両方を兼ね備えているのは、洞窟探検家として日本では異色なのである。
P252
自分自身にいつも問いかけていることがある。
それは「お前は今、何がしたいんだ?」ということ。
自分はどこに行って、何がしたいのか。それを突き詰めて、実行に移すことが、人生において何よりも大事だとオレは思っている。
人間なんていつ死ぬかわからない。今日は元気でも、もしかしたら明日死ぬかもしれない。未来は常に不確定なもの。だったら、今いちばんしたいことを、今しかできないことをとことんやるべきなんじゃないだろうか。
・・・仲間たちにも同じように言っている。
チームの仲間から「〇〇をやりたい」「△△に行きたい」とか相談されると、オレはいつもこう答える。
「じゃあ、お前、会社辞めて、やれば(行けば)いいじゃん」
お前には無理だとか、現実的じゃないからやめたほうがいいとか、相手のやりたいことを否定するような言い方は絶対にしない。その代わり、安っぽい応援とかアドバイスの言葉もかけない。
「お前が本気でやりたいと思うなら、やればいい」
オレが言うのはそれだけだ。
「会社を辞めたとして、そのあとどうすればいいですか?」とか野暮なことを聞いてくる奴もいるが、オレの答えはいつも決まっている。
「あとのことは自分で考えろ。そこにこそ、お前の生きる力が問われるんだ」
いい人生を送りたいと思ったら、今したいこと、今しかできないことを徹底してやるべきだ。それをした結果、金儲けになるとか、有名になれるとかはいっさい関係ない。
こだわるのは二つのみ。
「自分がやりたいか、やりたくないか」
そして、やりたいと思ったら、
「やるか、やらないか」
だけである。
・・・
やりたいことを、とにかくやり続けること。それだけで人生は充実したものになるはずだとオレは信じている。
P259
ケンカといじめに明け暮れ、ボロボロだたオレの人生を変えるきっかけを最初に与えてくれたのが、高校を辞めたあと17歳で通いはじめた少林寺拳法の道場だった。・・・
・・・
少林寺拳法の教えで・・・今のオレという人間の芯になっている考え方がある。それは「力愛不二」という言葉だ。
・・・
・・・力と愛は一体となってはじめて正しい行動につながる―そんな「力愛不二」の教えは、力一辺倒だった10代のオレにとっては新鮮なもので、「カッコいいな~」とすぐに惹かれた。
「そうか、強くなればなるほど愛を持って人に優しくできないとダメなんだ」と。
この「力愛不二」も洞窟探検に通じている。
どんな人も普通の状態であれば、他人を思いやったり、優しくすることはできる。ところが、苦しい状態、追い込まれた状況になると、どうしても我が出てしまい、他人よりも自分優先になってしまう。例えば、喉がカラカラで、携行している飲み水もわずかしか残っていないとき、その水をほかのメンバーにあげられるかどうか。普通の人はなかなかできないと思う。ところが、力と愛を兼ね備えている人間は躊躇なく、それができる。
実際、JETのメンバーにそういう力愛不二な人がいる。彼はオレよりも4歳ぐらい年上で、どれだけ残された食料が少なくても「オレはいいから、お前たちが食えよ」と言ってくれるし、探検が厳しくなればなるほど、メンバーみんなに気を配ってチームの雰囲気を和ませてくれる。そんな彼の姿を見ていて、
「人間の本当の強さって、こういうことなんだな」
とオレはいつも教えられてきたし、
「彼みたいになりたい」
と思って行動してきた。自分で言うのも何だが、洞窟探検をしてきて、オレはずいぶん人に優しくできるようになったと思う。