ゾーン体験について

勝ちスイッチ

 ゾーン体験は、日々のトレーニングの継続の先にあるというお話。印象的でした。

 

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 ・・・ステージが整い、相手の息遣いや瞬きの音さえ感知できるほど五感のアンテナを張り巡らせると、瞬間、信じられないことが起きる。

 そのひとつの形がゾーンと呼ばれる状態なのだろう。

 アスリートは不可思議な異次元空間を体験することがある。僕も2度、ゾーンを体感した。一度目は、2014年12月30日に東京体育館で、WBO世界スーパーフライ級王者、オマール・ナルバエスに挑戦した試合。フィニッシュは2ラウンドの左ボディだった。実は、その前に同じ左のパンチで脇腹をえぐっている。左を上下に連打したとき背中を丸めた。もう一度、同じ入り方をすれば、同じようにロープへ下がる姿が読めたのだ。・・・

 しかし、それは、パヤノ戦で感じたものと比べると、まだゾーンの入り口、序章に過ぎなかった。さらに一歩進んだのが、2018年10月の横浜アリーナ。1ラウンドで終わったWBSS1回戦のパヤノ戦だ。わずか70秒で終わった、あの一瞬の出来事は、時間が止まり、まるで映像をスローモーションでひとこまひとこま駒送りしている感覚を覚えた。

 ・・・

 ゴングが鳴ると、不思議な現象が起きた。僕は、相手と対峙すると、あらゆる情報を収集するが、呼吸にも注意を払う。そのパヤノの呼吸と、自分の呼吸がピタリとあったのだ。

 左のグローブでパヤノの右のグローブにポンポンと触れながら、バランスとタイミングを図りながらスタートした。パヤノの繰り出すパンチはすべて見えていてステップバックで外していた。吸って、吐いて、吸って、吐いて……その鼓動があった瞬時に「今だ」と思った。絶対に当たると確信を持って左のジャブを打った。下から入り内側からねじこんだ。ジャブを出した瞬間に倒せるという直感が走った。距離感と、位置、すべてが数センチ単位でピッタリとはまっていたのである。

 パヤノが、そのジャブに反応。左を返そうと動いたとき、暗闇で、標的にスポットライトを当てたかのような1本の光の道が見えた。僕は、ピンポイントで照らされた的に向かって右のストレートを打ちこむ。そこからパヤノの顎を打ち砕くまで、ひとこまひとこまスローモーションのように時間が止まったのだ。スローモーションゆえに光が当たった急所をしっかり打ち抜くことができた。周りの音も聞こえない。

 ・・・あれができたのは、時間が止まるゾーンに入ったからである。すべての条件がリンクして究極の精神世界が実現したのだ。

 ・・・僕は、あのゾーン体験を再現したいと考えたことはない。・・・同じ状況は起きえない。・・・ただ、継続が力以上のものを発揮するのである。そのことを体感した以上、さらに継続の質を高めていこうと考えている。