世間ってなんだ

世間ってなんだ (講談社+α新書)

 27年間「SPA!」に連載したエッセーから「世間」について書いたものを集めたという本、面白かったです。

 3部作で、「人間ってなんだ」と「人生ってなんだ」も出てるそうなので、そちらも読みたいと思いました。

 

P11

 ロンドンは、ここ1週間、抜けるような青空で、ようやく、暖かくなってきました。

 ・・・

 昨日の夜、テレビを見ていると、「あんまり天気がいいので、みんな、昼休みを長く取るようになって、経済に影響が出始めている」というニュースが流れていました。

 さて、突然、話を迂回させますが、外国にそれなりに長く住むと、日本という国に対する無意識の態度を、意識化するようになります。

 ぶっちゃけて言えば、大好きになったり、大嫌いになったりするわけです。

 で、最近、僕はしみじみ思うのですが、判断の一つの原因は、「日本的な快適さ」を取るのか「日本的な息苦しさ」を嫌悪するのかということのような気がしています。

 前述したニュースは、こんないい天気が5月に1週間も続くのは、とても珍しいということが主眼でした。

 経済に影響が出ているという方ではありません。経済に影響が出るぐらい〝いい天気〟だということです。

 しかし、このニュースを具体的に想像すると、昼休み、公務員も会社員も店員も、みんなサンドイッチ持って公園へ行って、1時間の休みではもったいないので、太陽を一杯に浴びて、30分か1時間遅れて仕事場へ戻るということです。

 日本でこんなことが許されるのか?

 2時になっても(イギリスの昼休みは、1時から2時までです)、お店は開かず、役所は機能せず、会社に人がいないなんてことを日本人は許すか?

「日本的な快適さ」は、2時に必ず、お店が開くことを保証します。いえ、さらに進んで、誰かが、太陽を浴びることなく働き続け、昼休みも同じ水準で仕事が続くように保証します。

 先進諸国という分類に堂々と入るイギリスでさえ、青空が続くと、国民的規模で、昼休みを長く取るのです。

 ・・・このニュースのことを言うと、イタリアから来たヌーボラという女性が、「あら、イタリアでは普通のことよ」とさらりと言いました。

 この話は、長くなるので、今回はここでやめておきますが、ひとつだけはっきり思っていることがあります。

 それは、「日本的息苦しさ」を嫌悪しながら、「日本的快適さ」を求めるのは、虫が良すぎるということです。・・・

 ロンドンの地下鉄は本当によく遅れます。急に止まって、電気も消えて、真っ暗のまま、10分以上止まってるなんてのも珍しくありません。

 そもそも、信じられないでしょうが、毎日、同じ時間に来ません。

 ・・・

 この前、日本では、地下鉄はいつも同じ場所に止まるから、どこにドアが来るのか事前に分かる、とイギリス人に話したら、信じてもらえませんでした。

 で、僕は思うのです。いつも決まった時間に電車が来て、同じ場所に止まるというイギリス人には信じられない「日本的快適さ」を好む以上は、いつも時間に追われ、いつも時間を気にする「日本的息苦しさ」から逃れることはできないだろうと。

 どんなに天気が良くても、時間が来たら必ず仕事を始める「日本的快適さ」を好む以上は、いつも周りの目を意識し、世間が見つめる「日本的息苦しさ」から逃れることはできないだろうと。

 ただし、だからイギリスが素晴らしいなどと愚かなことを言っているのではありません。問題を単純化することと、解答を単純化することはまったく別です。

 最近、日本ではイギリスがブームで、「イギリスは大人の国で日本は子供の国」などという能天気な本が売れているそうです。

 僕はすぐに反論できます。イギリスが紳士とマナーの国なんてのは、地下鉄に乗れば、いっぺんで嘘だと分かります。

 ほとんどの人は、どんなに混んでいても電車の奥に詰めないし、下りる人に場所を空けることもしません。

 電車の中で、一番、マナーがいいのは、悲しいことにラッシュアワーの訓練をつんだ日本人なのです。   

 

P24

 イギリスの装置や小道具が、あんまりひどいので、「この国にはまともな職人がいないのか?」とぼやいていたら、プロデューサーが、「鴻上さん、そうじゃないんです。この国には、〝平均〟という考え方がないんです。日本は、例えば、ある作業をやらせると、だいたいの人がうまくできるでしょう。でも、イギリスでは、できない人はまったくできなくて、できる人はとびきりできるんです。その差が激しいんです。できる人は、日本人が真っ青になるぐらいできます。でも、できない人は笑っちゃうぐらいできないんです」

と説明してくれました。

「それは、激しい格差社会ってことじゃないですか」と言うと、

「そうです。だから、日本人が、よく、『私は普通です』とか『平均的です』とか言うでしょう。でも、こっちには、そういう『普通』がないんです」と付け加えました。