この瞬間に勝る未来はない

なぜイギリス人は貯金500万円で幸せに暮らせるのか? イギリス式 中流老後のつくり方

 ここも印象に残りました。

 

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 年金で細々と暮らす70代の女性の家に招かれた時のことです。この女性は美しい銀の燭台やパラゴン、ドレスデンなど年代ものの食器をキャビネットにぎっしりと飾っていました。引き出しには、若い頃から少しずつ集めたという古切手やコインのコレクションも大切に仕舞われていました。

「この3倍はあったのよ。でも年金生活になって少しずつ手放している。ボイラーを新品に取り換えるのに段ボール1箱分の銀食器を売ったし、湿気のひどい寝室の断熱材を取り換えるのにキャビネット半分のアンティークを処分した。おかげで現金がないのに工事ができて、湿気や寒さから解放されたわ」

 イギリス人をはじめ欧米人は、子どもに資産を残すことより、リタイア後の人生を実り多く豊かなものにするため、お金や資産を合理的に使っていきます。時にはアンティークなど価値あるコレクションも、「今を生きる」ため手放していくのです。

 若い頃は芸人として活動していた彼女は、企業年金に加入できず、そのかわりにフェアなどで集め続けたアンティークが、年を経て、とても役立っていると教えてくれました。

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 アンティークの中には祖父母から受け継いだものなど、家宝も含まれていましたが、人生で得たものは、最後まで自分の力で生きていくために使いきると決めたのです。

「この瞬間に勝る未来はないわ。今を最高の状態にできなきゃ、生きている意味がない」

 リウマチを患うため仕事に出ることもままならず、母親が残してくれた何枚かの絵画も来月手放す算段です。

「私があの世に行った時、子どもたちが片付けする手間も省けるわ。私は着の身着のまま、最小限の生活道具があればいい。夏になればスコットランドの息子たちに会いに1ヵ月間向こうに行くの。絵が高く売れれば旅費ができるから」

 自分で処分するから後悔もない。少しずつ家が片付いて、身軽になってゆく。とてもハッピーだと話してくれました。

 生きる時間に並行するように家からものが消えていく。断捨離でもなくミニマリストでもなく、現役時代に大切に使い、手入れした食器までが彼女の生活をつなぐための生活資金に代わってゆくのです。なんと合理的なものとのつきあい方だろうと思いました。