中谷美紀さんの「オーストリア滞在記」の読み心地が素敵だったので、他にまだ読んでないのなかったっけ?と調べて、こちらを読みました。
ここは断食のお話、私も初回とそれ以降では全然違ったので、共感しました。
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・・・少々疲れ気味だったので、厄落としと体質改善を兼ねて、とある断食施設でお世話になることに。
ハーブティーは飲み放題、生姜湯も許されているという今回の施設では、感じのいいスタッフの皆さんが気持ちよく迎えてくださった。
朝夕に人参ジュースと酵素ジュースをゆっくりと飲み、それ以外の時間はデトックス効果のあるセイヨウタンポポやゴボウのお茶で空腹を凌ぐ生活は、実際に始めてみると、1日2日くらいならなんとか耐え得るものだった。
食事を摂らないと、人間の身体は解毒に専念するそうで、備蓄した糖質やグリコーゲンを使い果たしてしまうと、脂肪酸が分解されてケトン体ができるとのこと。それに伴って、2日目には身体から異臭が放たれるのを感じた。
断食前夜から最後まで続いたのが友人の結婚式の披露宴で人目をはばからず大食いをしてしまうという夢で、目覚めたときの空腹感に安堵する毎日。
3日目になると、体力の低下が著しく、朝の体操を見送り、せめてケトン臭を払おうと温泉に入るもフラフラで、よろめきながら部屋に戻るという有様。
貴重な人参ジュースを飲み干すと、部屋で眠り続けること丸一日。
4日目の朝には待ちに待った回復食が少量与えられ、極薄味の重湯をひとさじ口に含んだ瞬間のありがたさたるや、何ものにも代えがたいものだった。
口に運ぶ度に50回くらい噛みしめても尚、飲み込んでしまうことがもったいなくて、大切に味わうようになると、薄味好みでいたつもりの自分の舌が、いかに贅沢で余分なものに慣らされていたかに気づかされる。
刻みあらめをたまねぎとともに土鍋で炊いたもの、白菜のおろし和え、ふのりのお味噌汁など、いずれも素材の味を引き出すだけのシンプルな料理は、断食で極度に敏感になった五臓六腑に染み入り、食べられるということに感謝するだけでなく、大袈裟かもしれないけれど、今この瞬間を生きていることのありがたみに涙が出そうになった。
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いつの頃からか多忙により少々疲れたときには、タイへ出かけるようになった。
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ところで、今回のファスティングが数年前に日本で行ったときと比べてずいぶんと楽に感じたのは何故だろう。日本では1日2回のにんじんジュース、そして黒糖入りの生姜湯とハーブティーを好きなだけだったけれど、空腹にあえぎ、毎晩のように食事の夢を見たし、3日目には寝床から立ち上がれなくなった。しかし、今回は1日5回のフレッシュ野菜ジュースと2回の青汁、そして無糖のハーブティーを何度でもという日々で、摂取カロリーはほぼ同じはずなのだけれど、空腹はあまり感じることなく、朝からストレッチやヨガ、ジャイロトニックなど毎日2,3時間は身体を動かす余力もあった。思えばこの1年半、糖質を極力制限し、GI値の低い食品のみを口にすることで、私の体内では糖新生といって、身体が自らエネルギーを作り出すプロセスが働いているということを血液検査の結果で知らされたのだった。
そして、ファスティング明けに少しずつ食事の量を増やし、ようやく口にすることを許された海老と春雨の蒸し物「クンオプウンセン」の何とおいしいこと!
素朴な食事をゆっくり味わっていただく、ただそれだけのことが最高に贅沢な時間に思えた。