大原扁理さんの新刊を読みました。
「不安」について、実体験からのわかりやすい解説と対処法が書いてあって、いい本だなと思いました。
P48
・・・杉並区に住んでいたころは、生活費が高すぎて毎月の国民年金をまったく払えていませんでした。当時はがんばって毎日働いても月収が10万円ちょっとのアルバイト生活でしたから、家賃を払ったあと、生活費を残したら、月額14,660円(当時)なんていう大金はどうやっても捻出できなかった。
するとどうなるかというと、自分がダメ人間のような気がしてくるんです。・・・
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それで、私がどうやってそれに立ち向かったかというと、これがまったく立ち向かってません。解決もしてません。ただ、すたこらさっさと逃げたんです。
ちゃんと働いてるのに、こんなに生活に余裕がないなんて。こんなもん、私がおかしいんじゃない、社会が私に求めてくる水準のほうが間違ってる!ほとんど逆ギレみたいですが、そんなふうに思ったら、ほんとうに、こんな高い家賃を払うほうがおかしいような気がしてきました。
そんな折、たまたまネットサーフィンしてたら、東京には郊外というエリアがあり、そこなら家賃が格段に安いということをぐうぜん発見したのです。
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国分寺市に引っ越したとき、私はもう社会というもんに疲れ、ほとほと嫌になっていました。
それで私生活での人間関係を切り捨て、ケータイは解約。毎日自炊して、食材も野草なんかを摘んできて無料で調達。服もローテーションで1年着回せるもの&自分で洗えるものだけを残し、移動は必ず徒歩か自転車と、節約生活に精を出しました。
そして家賃が安くなったことも手伝って、生活費が激減したので、超忙しいストレスフルなバイトを退職することもでき、週休5日で年収は100万円以下で暮らしていけるようになりました。
するとどうでしょう。何も困らなかったんです。困らないどころか、隠居生活を始めてからは、人にお米を恵んでもらうこともなくなりました。
あれ?私って、隠居してからのほうが経済的に自立してないか……??
このとき、社会が求めてくる「フツー」の水準ってえらい高かったんだなぁ、そこに合わせて自分をダメ人間とか思う必要全然なかったんだ、とわかったんです。
逃げるときのポイントは、他人にわかってもらおうとしないことです。他人にわかってもらうのを待ってたら時間がかかるし、その間に人生手遅れになっちゃったら、悔やんでも悔やみきれない。
逃げるときは、自分を説得する必要さえありません。自分を説得しようとするときって、これまたたいてい自分の心の中にいる他人(親や知人、世間とか)を黙らせるためにやっていることがほとんどですよね。説得はできるかもしれないけど時間がもったいない。
そして、不安でいっぱいのときに、逃げたあとに自分がどういうふうに生きていくのか、と考えるのもやめたほうがいいです。不安なときは、正常な判断力が欠けていますから、とにかく不安を軽減するのが最優先。
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さて、いったんつらい場所から抜け出したら、「あ~よかった」で終わりにしないで、ぜひやってみてほしいことがあります。
それは、以後、人生の舵を自分で握ること。
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私が郊外に逃げたとき、正直言って逃げることしか考えていなかった。でもあのとき実は、人生がうまくいかないことを、東京に、そして自分以外の何者かに背負わせるのを拒否したのだと思います。それを拒否して、人生の舵を自分で握ったとき、本当に自分の人生がはじまった。あのときの武者震いを、私は忘れることはないと思う。