是枝さんと希林さん

【Amazon.co.jp 限定】希林さんといっしょに。(ポストカード付)

 お二人の信頼関係というのか、認め合っているというのか、素晴らしいなぁと思って読みました。

 

P83

樹木 以前、『朝日新聞』のインタビュー欄で政治について是枝さんが非常に優しい言葉で語ったことがあるでしょう。貴乃花が右膝を怪我しながら武蔵丸との優勝決定戦に勝って、当時の首相だった小泉純一郎さんが「痛みに耐えて、よく頑張った。感動した!」と叫んでトロフィーを渡した。それはそれでいいけれど、敗れた武蔵丸になぜ触れないのか。怪我を押して土俵に上がった貴乃花と戦わないといけない武蔵丸や、彼を応援している人の気持ちにもなぜ目を配れないのかと。そんな例を引きながら政治を簡単な言葉で喋っていて、すごくいいなと思ったんです。それまでも映画監督としての物事の選び方はセンスあるなと思っていたけれど、その新聞記事を読んで、ものをつくるひとりの人間として信頼が増したんですよ。

 ・・・

 ・・・えーと、是枝さん、いくつになりました?

 

是枝 五十二になりました。

 

樹木 そうすると二十違うんだ。私、七十二。五十から七十、ここが肝心ですよ。一番いいときですよね。

 

是枝 五十代のころはどんなことを考えていましたか。

 

樹木 シニア向けの……シニアというのがいくつからなのか知らないけれど、その世代に向けた雑誌が出るというので、表紙になったことがあるのね。そのとき、表紙というのは嫌だなあと思った記憶があります。まだ病気も出ていないころでしたしね。

 それからの十年ぐらいで病気が出始めて、いま七十過ぎて、だいたい病気が自分の手の内に乗っかるようになって……。五十代は何か考えたのかな。来し方行く末というのはあまり考えない質だからね。私は七十過ぎて、これからが一番いいときだと思っています。何も考えないでいればいい。この芸能界という有象無象の世界の中で、結局は自分も含めていろんな人を引っ掻き回してきたけれど、七十過ぎて、いまはここがすごくいい居場所だなというのが実感です。

 ・・・

樹木 ・・・監督は役者を選ぶときに、「どうしても嫌だな」と思うことはないの?・・・嫌だなというのは変か。監督はそうではなくて、「ああ、これはいいな」というところで選んでいくわよね。

 ・・・

 

是枝 ・・・この人ともう一回やりたいなと思うのは、やはり現場で一緒の空気を吸って、何か共有できるものがある人。そういう人と繰り返し一緒にやっていくことが多いかな。

 ・・・

 

樹木 というのは、〝樹木希林〟みたいなものを……、これ以上この婆さんから何も出てこないのに出演をもう一度お願いしてきたり、こうして何か話を聞いてみようと思ったりするのは、いったいなぜなのかなと。・・・

 ・・・何度オファーされても嫌ではないんだけど、現場で監督がものすごく集中して芝居の中に入っていくのを見ていて、ああやって役を感じながらやっているんだなと思うと、これはやっぱりいい場所にいさせてもらえたなと実感するわけね。と同時に、それは一回こっきりだろう、そう続くものではないだろうという感じもある。もし続くのであれば、こちらのレベルももっと高く、人としての格というか、言葉が変だけど、霊格も豊かにしておかないとまずいなという想いがあります。それでも撮影が終わっちゃうと、さっと忘れるんだけどさ(笑)。つまり、お仕事が続くことは私としてはありがたいけれど、私が監督に尋ねたいのは、私のどのへんにこだわりになられるんですかってことなのよ。