素晴らしきラジオ体操

素晴らしきラジオ体操 (草思社文庫)

 ラジオ体操の音楽を聞くとつい体が動いてしまう、ラジオ体操ってなんなのか?と興味を持った著者が、歴史や現状を調べてみたら…という本です。

 考えたこともなかったけど、面白い文化だなーと思いました。

 

P11

 九一歳の富岡さんの制服には白地に青く「JAPAN」と入っている。「ラジオ体操祭ブラジル大会」に出場した時新調したユニフォームである。彼らは中国、オーストラリア、ハワイなどへもこの姿でラジオ体操に出かけていた。

―ラジオ体操するために、わざわざ海外へ行くのですか?

「そうです。家から、このスタイルで」

 よれよれになったユニフォームをつまんで富岡さんは答えた。

―家からずっと?

「そうです。みんなでこれを着たまま飛行機に乗りました。機内食もこれで食べました」

―なぜですか?

「なぜって、あんた、ラジオ体操ですから」

 ラジオ体操人に何を訊いても、大抵答えは「ラジオ体操ですから」ということになる。「ラジオ体操は面白いのですか」との問いには「面白いとか楽しいとかじゃない」と怒り口調になり、「では、なぜ毎日やるんですか」と問い詰めると「ラジオ体操は毎日だからだ」と答える。問いと答えが同じになるのがラジオ体操の妙で、これをある老人は「無の境地」と言う。

 

P19

 ひとり暮らしの清水さんは毎朝、湯島から電動自転車ヤマハパスで通う。自転車の荷台にはラジオ体操関係の資料が詰まったステンレスの箱が備えられており、いつでも新人に〝これまでの会場の歩み〟を講釈できるようになっている。清水さんは四五年間、脳の手術を除いてラジオ体操を休んだことがない。

「雨が降ろうが雪が降ろうがあたしは休めません」

―休めないんですか?

「そうです」

―なぜですか?

「休むと死んだと思われてしまうからです。あっ」

 上野公園にラジオ体操のテーマが流れた。公園に集う尺八会などそれぞれのグループにラジオが一台ずつあり、それらが同調して大音響になる。テーマ音楽とともにラジオ体操人たちからは表情が消え、機械のように足踏みをしながら整列し、ラジオ体操体勢に入った。

 ・・・

 公園の緑の中では、ホームレスの人々もビニールシートから出てきてラジオ体操した。聞けば「夜、もう死にたいと思っていても、朝ラジオ体操すると体のコリがとれ、今日もやるぞって感じがする」そうで、体操の後、勇んでドーナツ屋へドーナツを拾いに行く。

 上野公園で、この時間にラジオ体操しないのは交番の警官だけだった。