こんな方もいるのですね

根をもつこと、翼をもつこと (新潮文庫)

放射能事故や犯罪報道など、テーマが大変なものが多いエッセイ集でしたが、その中に、こんな方もいるんだ、すばらしいなと思う話がありました。

P36
 被爆者のKさんにお会いした。
 自称「世界一元気な被爆者」だそうだ。十四歳のとき、爆心地近くで被爆し、黒い雨にも当たったが原爆症になることはなかった。七十歳を越えたが、病気一つしたこともないと言う。
「私は子供の頃は病弱だったんですけどね、でも、被爆してから健康になったくらいです」
 現在は広島近郊に一人住まいをしていらっしゃる。
「ずいぶん前ですけど、海外旅行に行ってアメリカの方と親しくなりました。いっしょに旅をしていて、話の流れで私が広島に住んでいて、原爆で被爆していると言ったら、急に彼はこう言ったんです。パールハーバーに行ったことはあるか、って。最初、なんのことかよくわからなかったんですよ。ピンとこなかったというか。で、しばらくしてから、ああ、戦争のことを言ったのかとやっとわかりました。ショックでした。私は彼を責める気もなく、ただ、なんとなく話の流れで被爆のことをしゃべったのですが、アメリカ人の彼は、自分たちは悪くない、パールハーバーに奇襲したのはそっちだろう、ということを言いたかったのでしょうね。それから、私はどこへ行ってもこう言うことにしたんです。私は広島で被爆したけどこんなに元気です。原爆を受けたけどぴんぴんして生きてます、って。ヒロシマというと世界中の人が知ってるくらい有名なんですね。そして、私がヒロシマから来て、原爆を浴びたけど元気だと言うと、みんながとても喜んで、そして握手してくれるんです。だから私は、原爆の悲惨さを訴えることはやめました。原爆がどれほどのダメージを与えるか、そのことを宣伝したら、よけいに世界中が原爆を手にしたいと思うでしょう。でも、原爆で殺せない人間もいる、原爆で吹き飛ばした町も二年で復興する。そのことを知らせれば、原爆など落としてもムダだと思ってもらえるんじゃないでしょうか」
 こういう方もいらっしゃるのか、と私はまじまじとKさんを見る。
 本当に、元気なのだ。精気が身体からあふれ出しているみたいだ。・・・