覚悟の仕方

ほんとうに70代は面白い

1人暮らしで立派に準備をされていた伯母さんのお話です。

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 老人介護問題は、森羅塾でもしばしば話題に上るが、幸か不幸か私は全然その経験無しに過ごしてきた。父、母、次兄はすでに他界したが、誰一人長患いせず、普通の生活からほとんど直接スッと逝ってしまったので、私が訃報を聞いたのはいつも旅先だったのだ。
 しかし最近初めて、この問題を深刻に意識する機会が訪れた。わが一族の長老は、母の兄の未亡人、つまり私の伯母で八十五歳になる。
 伯父はアフリカの伝染病撲滅に生涯を捧げて、日本のシュバイツァーと讃えられた国連の医師である。
 その伴侶として酷薄な生活環境に耐えながら懸命に夫を支え、病人を援け、現地の人々に深く慕われた伯母だが、そんな献身が報われた老後とは言えず、家族も財産も無く、夫の死後はただでさえ少ない年金が半減し、ピアノの仕事で細々と収入を得ながら、誰にも頼らず横浜の公団アパートで凛々しく一人暮らしを続けてきた。
 ・・・
 ・・・家で意識不明で倒れているところを訪問客に発見され、病院に運ばれた。重症の脳梗塞で、病状は予断を許さない。知らせを聞いて駆けつけた私は、伯母の留守宅がいささかの乱れもなく、ものの見事に整理整頓されているのを見て胸を衝かれた。どの引き出しを開けても、一目で内容が把握できるし、必要な情報がすべて用意されているのだ。
 遺言書はもちろんのこと、入院したら連絡する人と、死亡の場合だけ通知する人のリスト、各種支払いの明細、延命治療拒否の書類、献体登録書と死体引き取り先の電話番号まで記されている。
 そして、解剖後に返却される遺灰については「ゴミ箱でも構わないけれど、もしも洋子ちゃんがカナダの森か海にでも撒いてくれたら嬉しい」と美しい筆跡で書いてあるのだ。
 いささかの甘えもなく自力で人生を全うしようという覚悟はご立派としか言いようが無いが、ここまで伯母が強くならざるを得なかったことが何か哀しい。
「私は遠慮なくあなたたちの世話になるからね、覚悟しなさいよ」と、子供たちに言い渡しておこう。


 ところで明日はブログをお休みします。
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