ダライ・ラマ法王のお話

ダライ・ラマに恋して (幻冬舎文庫)

念願かなって、ダライ・ラマ法王と10分間面会できることになったときのやりとりから…

P308
「それでは、生きるとは、どういうことだと思いますか?生きる目的とは、いったい何でしょう?」
 私がそう言うと、ダライ・ラマ法王は、少しの間、思いを巡らせているような顔になり、鼻の下をぽりぽりおかきになってからおっしゃった。
「深い意味は、私にも分かりません」
 ええっ!?じゃあ今の長〜い間はいったい!?と思って身を乗り出すと、法王は急に甲高い声になって「ホッホッホ」と笑われ、私も思わず「ハハハッ」と笑ってしまう。
 ほんの一瞬、見つめ合って笑い合う、私と法王。憧れのダライ・ラマ法王と笑い合っているなんて、まるで夢のようだった。法王は実に愉快そうに、まるで子どもに還られたような感じで笑われるのだ。
 ダライ・ラマ法王は話を続けた。
「ただ、明らかなのは、私たちの生きる目的のひとつは、『存在する』ということです。『存在する権利がある』ということ、また『幸福に存在する』ということです。もし、私たちの存在が惨めなものになるとしたら、それは人生の目的ではありません。人生が、平和と幸福、満足、平安、尊厳とともにあるということ、これが正しい人生なのではないでしょうか。
 私たちは、日々の暮らしが幸せに満ちたものであり、有意義なものであるよう努めるべきです。これはとても大事なことだと思いますよ」
 ・・・
「では、幸せな人生を全うするためには、何が必要だと思いますか?」
 法王は、右手を大きくゆっくり動かしながら、気持ちを表現するような感じで、心をこめて話してくださる。
「物質的な豊かさも、幸せに生きるための大事な要因といえるでしょう。先進国ではどの国でも、すでに物質的な豊かさを享受していますよね。同じように発展途上国でも発展を目指しています。なぜなら、物質的な発展は、幸福のひとつの要因だからです。そしてまた、幸せな人生に必要なのは、心のあり方です。
 たいていの人は、物質的な発展や、快適さの追求にのみ、心を奪われているように思えます。そして、人間として成長することや、心の平和は無視されているように思います。これは間違いではないでしょうか。
 私たちは、慈悲心、共存意識、責任感、他者への思いやりといった気持ちを育むよう心がけ、人類全体や世界、地球のことも思いやるべきです。なぜなら、私たちはみな、この星の一員だからです。
 人類や地球がより豊かなものになり、より平和になることができたら、私たちもその恩恵を受けることができるでしょう。しかし、世界がさらに問題や苦しみを抱えていけば、私たちは幸せになることができず、生き残ることもできません。
 私たち一人一人の幸せのためにも、地域や社会、世界のためにも、責任感を持たなければならないのです。これは私の信念でもあります。そしてこれが、人間の価値というものです。
 幸せな人生を全うするために、大事なものはふたつあります。物質的な発展と、心の発展です。このふたつは、どちらも必要なのです」