前世を覚えている少女

ダライ・ラマに恋して (幻冬舎文庫)

たかのてるこさんの「ダライ・ラマに恋して」を読みました。
ダライ・ラマ法王に会うために、チベットを旅するドキュメンタリーです。
おもしろかった〜(^^)
また何か所かメモしておきたいと思います。

ここは、旅先で出会った前世を覚えている少女デルダンのお話です。

P230
「えと、デルダンの話を聞かせてもらいたいと思って……デルダンが前世のことを思い出したのは、いつ頃なんです?」
 ・・・お母さんは神妙な顔つきで話し始めた。・・・
「娘が3歳の頃、私たちが住んでいる村からレーの町まで出かけたことがあってね。そのとき、娘が突然、『私の家はこの近くよ。自分の家に帰りたい!』って言い出したの。どうにか娘をなだめて村まで帰ってきたんだけど、家に戻ってからも『私のスクールバッグがない!』って泣きやまなくて。デルダンは当時まだ3歳だったのに、『学校に行く!』と言ってきかなかったのよ」
「へぇ〜っ!」
 思わず声をあげてしまう。今までデルダンのことを疑っていたわけではないのだが、お母さんの口から直接話を聞くと、デルダンが前世のことを思い出したとき、家族がどれだけ衝撃を受けたかということがありありと伝わってきたのだ。
「で、あんまり学校に行きたいって言うものだから、村の近くにある小学校の面接試験を受けさせたの。先生たちは『娘さんは学校に通ってたことがあるんですか?』って驚いたわ。デルダンはまだ学校に行ったこともないのに、文字を書くことができたのよ」
 ・・・
「デルダンの前世の記憶が蘇って、その、どう思ったの?」
「初めは正直、私が産んだ子なのに……と思って、ほんとうに戸惑ったわ。仏教のお寺に行くのを、とても嫌がってね。お寺に連れて行っても、イスラム式で祈り出すし、食事を食べるときの感謝の言葉もアラビア語だったの」
 ・・・今回、デルダンはたまたま仏教徒の家に生まれたから、生活が仏教とセットになっているけれど、前回はムスリムの家に生まれたから、ごく自然に生活がイスラム式だったに違いないのだ。
「デルダンは、その、前世のムスリムの家族に会ったことがあるの?」
 ・・・
「ええ、シャナースの家族はデルダンの話を聞いて、学校に訪ねてきたそうよ。デルダンは彼らを見たとき、初めて会った人たちだったのに、誰がお父さんで名前は何だとか、家族のことを全部、言い当てたんですって」
 聞くと、ムスリムの家族はデルダンを、10歳の時に亡くなった娘、シャナースの生まれ変わりだと確信し、その後、デルダンを引き取りたいと申し出てきたのだが、デルダンの両親は丁重にお断りしたのだという。
「私だって親だから、娘さんを亡くした親の気持ちは痛いぐらいわかるわ。でも、いくらデルダンがシャナースの生まれ変わりでも、デルダンは今世で私たちの娘として生まれてきたんだしねぇ」
 ・・・
「デルダンが前世を覚えていたことで、何か考えが変わったりした?」
「私は仏教徒だけど、以前は正直言って、輪廻転生をそんなには信じていなかったの。でも、デルダンのことがあって以来、生まれ変わりを信じるようになったし、信仰心が強くなったわ」
 ・・・
 人はみな、生まれ変わっているのだとしたら、私は今世で死んでも、また新しい命に立ち戻って、ゼロから出発することになるんだろうか。・・・
 ・・・よく宇宙には始まりもなければ終わりもないというけれど、それと同じように、私たちの魂も終わりのない旅を続けているんだろうか。
「じゃあ、他の人も生まれ変わってると思う?」
 私がそう聞くと、お母さんはキッパリ言い切った。
「ええ、どの人も、前世のことを覚えていないだけなんだと思うわ」
 確かに前世のことを覚えていたら、せっかく新しい体にリセットできても、新しい生を生きることより、過去にとらわれてしまうだろう。・・・新しい恋をするとき、過去の恋愛にとらわれない方がいいように、人生だってそれと同じではないか。
 デルダンのようなケースはまれで、普通は前世でのことが全部リセットされているから、やれ「昔はどうだった」とか「またか〜」としたり顔の大人のように思うことなく、どの人も毎回「オギャー!」と泣いて真新しいスタートを切ることができる。私たちが前世のことを覚えていないのは、きっと神様の配慮なんだろう。
 お母さんがしみじみ言う。
「私はね、輪廻転生を信じるようになってから、娘のことに関しても、たまたま自分の家に生まれた魂を預かっているんだと思うようになったの」