背筋が伸びるような…

一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い

この方の姿勢がストレートに感じられ、背筋が伸びるような感覚で読んだところです。

P100
 戦前、書を書いていたとき、銀座で個展を開いたことがあります。
 当時、私は、与謝野晶子さんの高弟である、歌人の中原綾子さんに、歌を見ていただいていたので、自作の歌と、自分の好きな古い歌を書きました。私が二十四歳のときでした。
 それは初めての個展で、そのときの評価は、書道界の人から、才気煥発だけれども、根なし草だと批判されました。戦前は、平安朝の名筆を、下地にして書くことが主流だったのですが、私はそれをしませんでした。名筆を写さなかったので、根がない、と嘲笑されました。
 手厳しい批評を受けて、私は、根とはなにかを考え、日記に次のように記述しました。
「私の根は、私が今まで触れたすべてでできている。家にある軸、額、書、紀元前の甲骨文字、古今集などあらゆる古典。また文字でないものでも、あらゆる影響、感動、拒絶すら、なんでもが私の根になっている……」
 植物の根は、地中、水中で、水分と養分を吸収して、植物を支えます。人もまた、置かれた境遇のなかで、つねに、さまざまな知識、経験などの養分を吸収して、自身を形成します。平安朝の名筆は、特に書家にとって、たいせつな養分の一つですが、それだけが根ではありません。
 養分をいかに吸収し、形成するかはその人次第です。私は、自分の根がつくり出す、かたちや線を可視のものにして見たい、と思いました。
 あれから八十年近くが経ちますが、根は、他者にあるのではなく、その人自身の一切だと思っています。