カフカ

希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話
この本、とてもよかったです。
一度ご紹介してから間が空きましたが(^_^;)、書いておきたいと思います。
ゲーテに魅かれる気持ちが強くなるとともに、カフカという人物に驚きました。
これだけ苦しい思考を続けながら、ずっとその苦しさの中に居続ける力ってすごい・・・そして他者への真摯な姿勢がまたすごい・・・ごまかすということがいっさいなかった人なのかなと思いました。

P169
 作家のオスカー・バウムは、「カフカと初めて会ったときのことは忘れられない」と書いています。バウムが挨拶のおじぎをしたとき、カフカの髪がふっと額にふれたのです。カフカの方もおじぎをしていたからです。バウムは感動しました。なぜならバウムは盲目だったからです。
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 また、カフカはとても聞き上手でした。聞き上手になることで、会話の困難をなんとか切り抜けようとしていたのかもしれません。しかし、次のようなエピソードからは、そんな方便のための聞き上手というのではなく、もっと真摯なものが感じられます。
 カフカと同じ療養所に入っていた心気症の青年が、感激して人に語ったそうです。
「あの人はちゃんと聞いてくれたんです。病気の生活がどんなものかを。ぼくの生涯で、あれほどちゃんと話を聞いてくれた人はいなかった。ぼくの苦しみをあれほど理解してくれた人は誰もいなかった」

P173
 部屋から出てきて、帰っていくヴェルフェルは、涙を流していました。
 驚いてドーラが部屋に入っていくと、カフカはすっかり打ちのめされて、椅子にくずおれて、こう何度もつぶやいていました。「こんなひどいことが起きるなんて!」カフカも泣いていました。
 カフカはどんなに頑張っても、ヴェルフェルの本のよいところを見つけることができなかったのです。
 日頃、どれほどカフカが人のよいところを見つけて、しかも本気でほめていたかが、よくわかります。

P213
 私見ですが、この「回避=回避の葛藤」こそ、カフカの本質のひとつではないでしょうか。恋愛だけでなく、すべてにおいて。人づきあいも孤独も嫌がるのも、作品の公表と焼却の間を揺れ動くのも。
「夜への怖れ、夜ではないことへの怖れ」
「少し静かになったかと思うと、もうほとんど静かすぎるのだ」
 こうしたいかにもカフカらしい言葉も、矛盾でもわがままでもなく、たんなるレトリックでもなく、「回避=回避の葛藤」ゆえではないでしょうか。
 同じところをひたすら行ったり来たりする。どこにも到達できず、何も選択できず、つねに苦しい。
 でもあくまで迷い続けて、思い切って決断しないところこそ、カフカのすごさでもあり、魅力です。