歳を重ねても鍛えていてすごい、という方もいらっしゃいましたが、なんとも肩の力の抜けたユニークな方もけっこういらっしゃって、面白いなーと思いました。
P10
藤岡裕子 77歳 走幅跳
・・・
―すみません、練習とかしないんですか?
跳び終えた彼女に私はたずねた。なにしろ彼女は「W70(70~74歳女子)」の大会記録保持者で、今回も「W75(75~79歳女子)」での記録更新が期待される。いってみれば注目選手のひとりなわけで、ウオーミングアップのパフォーマンスくらいあってもよさそうではないか。
「しません」
首を振る藤岡さん。
―でも、普段はされるんでしょ?
「練習はしないんです、私」
―えっ、しないんですか?
・・・
「だって、練習したらケガするじゃないですか」
―しかし……。
「骨折なんかしたらどうするんですか」
・・・
「風に乗るんです。省エネなんです」
藤岡さんは涼やかに続けた。なんでも走幅跳は追い風2mくらいが理想で、それに「ふわーっと乗る」。佇んでいたのも「風を待っていた」のだそうだ。実際、彼女は体重37㎏。風に乗れそうな細身の体形なのである。・・・
P26
山本健夫 81歳 柔道
・・・
毎月第2金曜日に協会の会員たちは講道館で合同稽古に励んでいる。参加者のほとんどが60代以上。・・・聞けば、膝や腰を痛めるので背負い投げなどをする人はおらず、足技が中心になるという。大内刈り、小内刈り、大外刈り、小外刈り……。もっぱら足で刈るわけで、バランスの崩し合いの様相である。
「紙相撲みたいなものですね」
爽やかな笑顔で語るのは山本健夫さん(81歳/五段)だ。・・・
「昔は相手が崩れてもいないのに力ずくで技をかけていましたが、ようやく『崩し』ができるようになりました。相手も弱くなっているから助かりますよ」
・・・
「大学を卒業して、柔道はやめました。会社(三菱商事)に柔道部はありませんし、アキレス腱を切ったりしたもので」
―それで……。
「70歳でまた始めたんです」
―えっ、70歳ですか?
計算してみると、46年間のブランク。・・・
・・・
―大丈夫だったんですか?
「大丈夫じゃないですよ。まずは受け身がとれない。前方回転なんかすると、立った時にめまいがする。それに投げられた時は、首が弱っているんでしょうね、頭を打つ。『あれっ』とか思ったりなんかして。なんか、こう、ふらふらするんです。稽古が終わってもふらふらしてる。医者に診てもらったら3カ月で治ると言われたんですが、いまだにふらふらしています」
ふらふらを継続しているようで「本当に大丈夫なんですか?」と念を押すと、彼はこう答えた。
「不思議なもので、ふらふらにも慣れるんですね。ずっとふらふらしていると、ふらふらが気にならなくなる」
ふらふらしたまま彼はブラジルの国際大会に出場し、いきなり優勝したらしい。
「実は70代以上で柔道の経験者は他にいないんです」
―そうなんですか?
「だって柔道が世界に広がったのは東京オリンピック(1964年)の後ですから」
・・・
「ドイツの大会でも、相手が動きそうだなと思って体をひねったら、相手が倒れました」
自分が倒したのではなく、相手が勝手に転倒した。まるでアクシデントのように語るが、これは柔道の真髄である「浮き落とし」ではないか。・・・
P50
長田幸子 71歳 体操競技
準備運動を終えると、長田幸子さん(71歳)は平均台にすっと飛び乗り、台に密着するように脚を前後に開いた。そしておもむろに直立し、左脚を高く上げてY字バランス。
す、すごい……。
・・・私が圧倒されていると、彼女はくるりと宙返りして着地した。思わず拍手を送ったのだが、ご本人は納得いかないようで、小首を傾げた。
・・・
「60歳で出場した時は『バカじゃないか』と言われました。でも、鈴木さんと『あと1年頑張ろう』『あと1年やってみよう』と励まし合って、ここまで来たんです。こうなったら体操は何歳までできるのか、試してみたい。好奇心というか冒険ですね」
・・・
「普段の生活ではバク転なんかしないでしょ。人のできないことをやる。やって見せて『どうだ!』と得意気になる。どうだカッコいいだろう、見て見て、という感じかしら」
・・・
「・・・50歳を過ぎてから、さすがに私自身の体力が落ちてきましてね。階段をのぼるのがつらくなってきて」
―そりゃそうですよね。
「朝起きるのさえつらくなったんです。体育指導をしていると貧血を起こしたりする。指導どころか自分の老後さえ不安になりまして。体力の限界というんでしょうか。それで現役復帰を考えたんです」
―なんで?
思わず私は問い返した。通常は「体力の限界」を感じて引退するわけで、彼女は逆ではないか。
「現役に戻ることで、体力をつけようと思ったんです」
・・・
当初は腕立て伏せもできず、前転で目が回るほどだったそうだが、3年ほどで「体が戻ってきた」という。
―それで大会に出場したわけですか?
「最初の大会では、平均台に上がった瞬間に脚が痙攣を起こしてしまいました。年甲斐もなく緊張したんでしょう。まったく体が動かなくて、そのまま飛び降りました。本当に惨め。こんな惨めな姿は見せたくなかった。だから2年目以降はリベンジなんです」・・・
P84
大崎喜子 80歳 競泳 自由形
2018年9月、大崎喜子さん(80歳)は50m自由形で世界新記録(36秒74/女子80~84歳)を打ち立てた。
・・・彼女が世界記録を更新したのはこれで254回目になる。45歳でマスターズ水泳にデビューして以来、35年間にわたって各年齢クラスのワールドレコードを塗り替え続けており、もはや記録を出すというより彼女自身が記録的な存在なのである。
・・・
「進学した五條高校がたまたま水泳の名門だったんです。泳いでいると先生がストップウオッチでタイムを計るでしょ。そのたびに『1分40秒切れたぞ』とか『35秒切ったぞ』と言ってくれまして。ぐんぐん記録が伸びるから、もうルンルンで頑張って泳いだんです」
―上達が早かったんですね。
「そうじゃなくて、先生が早めにストップウオッチを止めていたんです」
―ウソだったんですか?
「私はそれを真に受けた。素直なんです、私。素直しか取り柄がないんです。でも素直が一番じゃないかしら。素直な子は伸びる。ヘンなプライドがあると人の話も聞けないし、泳ぎもよくなりませんからね」
・・・
「水泳で大切なのは、ストリームライン(流線形)をつくることです。水の中で力を抜くと浮いてくるでしょ。そこで体幹を崩さずに手足をしっかり伸ばす。すべてはここから始まるのよ」
現在、彼女は週に3回、プールに通って泳ぐそうだが、特にメニューを決めず「しんどい」と思ったらやめてしまうそうだ。
水に対して素直に。素直とは水が教える基本姿勢なのかもしれない。ちなみに「泳」とは「流れに従って水上をうねうねする」(『角川字源辞典』角川書店 昭和47年)こと。うねうねしてルンルン。人生もストリームラインで泳ぎ抜いていくのである。
P110
・・・
「腕に力を入れない。筋力で登るんじゃありません」
と久保田さん。
―じゃあ、どうすれば……。
「重心の移動。バランスとリズムで登っていくんです」
・・・ホールドに片手を掛けてそのままぶら下がる。そして片足で足元のホールドを蹴って跳び上がり、もう片方の手で上方のホールドをつかみ、またぶら下がる。登るというより、ぶら下がりの連続。まるでオランウータンやナマケモノのようにホールドを伝って渡っていくのだ。彼曰く「風船のようにふわふわ上がっていく」。重力に逆らうのではなく、自然に上がっていくのである。
・・・
「鉄棒で懸垂ができなくてもクライミングはできます。だから高齢者もできる。実際、60歳を過ぎてから始める人も多いんです。筋力は必要ないけど、登っているうちに筋力がついてきます」
確かにジムを見渡せば、その大半は高齢者と女性だった。
P118
岡本美和子 83歳 砲丸投
・・・
・・・神奈川マスターズ陸上競技選手権大会で私は岡本美和子さん(83歳)の所作に目を奪われた。
しずしずとサークルに入り、しなをつくるように砲丸を首に当てる。ゆるやかに体を折り、なめらかな動きで砲丸を放り出す。印象的なのは投げた後の指の形。何かを包み込むようでとても美しいのである。・・・
・・・
「踊りが入っている、とよく言われます」
・・・
「日本舞踊です。日舞も『ため』が大事ですからね。いったんためてすっと弾く。扇子だって前にガーッと出すんじゃなくて、いったん後ろに引いてためてから、すっと差し出す。そうすると美しいでしょ」
・・・
「でも別にそんなことを意識しているわけじゃありません。ただ、3歳の頃からやっているからどうしても出ちゃうのね」
・・・
―でも、なぜ砲丸投なんですか?
彼女が砲丸投を始めたのは80歳になった時だという。80歳で砲丸投を始める人など聞いたことがない。
「実は息子に勧められたんです。私は高校生の頃、校内の体育大会で砲丸を投げて1番になったことがあって。その話を息子が覚えていましてね。『お母さんはきっと砲丸投に向いてる』と80歳の誕生日に砲丸の球と練習用のボール、専用のシューズをプレゼントしてくれたんです」
―プレゼントだったんですか?
「実はその1年前に主人が亡くなりまして。私は真鶴にひとり暮らしでしょ。息子は『砲丸投ならこっちでも練習できるし、大会にも行ける。だから一緒に暮らそうよ』と言うんです。なんとか呼び寄せたいんでしょ」
実際、2人の息子さんはマスターズ大会には必ず同行し、コーチ役もつとめている。実に親孝行な息子さんたちなのである。・・・
P134
岩崎貴久子 86歳 齋藤惠美子 87歳 テニス
・・・
「80代になると、よれよれテニス。どうしたってスピードも落ちるし、ボールは山なりになりますからね」
・・・
「テニスは前後左右に動きますが、歳をとると後ろに下がるのが大変なんです。私たちの年代ではほとんどの人が1歩も下がれない。だからあらかじめ下がったポジションで構えることになるんです」
・・・
齋藤さんは横浜市出身で9人兄弟の三女。母親が40代で亡くなったため、未婚の彼女が母代わりとして下の兄弟たちの面倒をみたという。高等女学校から昭和薬科大学に進学。卒業後は厚生省の国立医薬品食品衛生研究所に勤務した。大学時代からテニス部に所属し、研究所でもテニスを続け、定年退職後もクラブでテニスを継続している。かれこれ70年近いキャリアを持つベテランで、宮内庁に呼ばれて天皇皇后両陛下とダブルスで一戦を交えたこともあるという。
・・・
・・・ちなみに彼女は現在も専門学校で分析化学の講師をつとめ、テニス教室のコーチとしても活躍している。日に2回の陸上トレーニングに励み、駅の階段なども一段飛ばしでのぼる。さらにラケットのスイングを速くするために上半身を鍛えるべく、84歳から加圧トレーニングを始めたらしい。
「血流を止めて腕立て伏せやダンベル運動をするんです」
―効果はあったんですか?
「筋力はアップしました」
―ア、アップしたんですか……。
私が目を丸くすると、うなずく彼女。
「それでコーチに勧められて、マスターズ陸上の大会にも出場したんです」
2017年の山梨マスターズ陸上競技トラック記録会。驚くべきことに彼女は100m走で日本記録(女子85~89歳)を打ち出し、200m走で世界記録を更新した。・・・
「記録へのトライであり、自分へのトライでもあります。少しでも速く。少しでも上手に。少しでもいいからなんとかならないか、といつも考えているんです」
驚異の運動能力。聞けば、80代でジャンピングスマッシュを打てるのは彼女ただひとりらしい。・・・
P208
・・・スポーツ「sport」とは何かとあらためて調べてみると―、
気晴らし (『ジーニアス英和大辞典』大修館書店 2001年 以下同)
なのです。スポーツで気晴らしするのではありません。気を晴らすこと自体を「スポーツ」と呼ぶのです。そもそも英語のsportはdisportの頭音消失形。disportとは「dis(離す)」+「port(運ぶ)」で、「気持を別の所へ運び去る」ことを意味するらしい。つまり、つらさや悲しみを撤去することを「スポーツ」と言うのです。この「dis」には「反対の方向へ」(『ウィズダム英和辞典 第3版』三省堂 2013年)というニュアンスもあるので、逆方向に自分を運ぶ、とも解釈できます。・・・いずれにしてもスポーツとは現実からの離脱だったのです。・・・
