車いすテニスの革命 国枝慎吾選手ゴールデンスラムまでの軌跡

車いすテニスの革命: 国枝慎吾選手ゴールデンスラムまでの軌跡

 あんなに勝ち続けることできるんだ、すごいなーと思って見ていましたが、車いすテニスに革命を起こした人だったとは知らず、また車いすテニスのことも詳しく知らなかったので、読みながら、ほんとにすごい・・・と驚きました。

 

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 新型コロナによる延期で新たにオリンピック・パラリンピック・イヤーとなった2021年、国枝は年明けから調子が上がらなかった。・・・

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 ・・・ウインブルドン。パラ前、最後のグランドスラム大会だけに、勝って弾みをつけたい。車いすも東京パラ用に「TRZ国枝モデル」12号機を新調した。少し座面を上げて、打ちやすさを追求したモデルだ。

 ところが初戦の準々決勝で、ゴードン・リードにファイナルセットで逆転負けを喫してしまう。ゲームを目撃していたテニスライターの秋山英宏は「バックハンドで攻めあぐね、リズムを失った」と分析、東京パラに向かい不安がよぎる。パラの選手団長に指名され、責任感の強い国枝は重圧を感じ出していた。

 その重圧は、全豪、全仏、全英(ウインブルドン)と連敗を重ねるなかで、焦りに変わっていった。眠れない日もあったという。バックハンドに迷いが生じた。試合の度に打ち方を変えるなどしたが、一向に良くならない。コーチらとの試行錯誤の末、ようやくフォームが定まったのは東京パラが始まる1週間前だったという。

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 しかしいざパラリンピックが始まってみれば、国枝は一球に全精力を集中した。準々決勝でステファン・ウデを破るや、準決勝でゴードン・リードを一蹴する。決勝はトム・エフベリンク・・・

 エフベリンクの高速豪球サーブを巧みにリターンし、逆に攻撃に転じる。バックハンドも冴えた。磨き上げた三手詰めテニスで追い込む。果敢にネットに出てボレーで仕留めた。6-1、6-2の圧勝!エフベリンクのフォアがネットを越えずに優勝が決まった瞬間、国枝は雄叫びを上げ、涙が一気に溢れ出た。大きな日の丸を背負って広げ、泣きに泣いた。試合直後の会見で、こう話している。

「本当に信じられないの一言です。勝利の瞬間はそう思いましたし、マッチポイントは全然覚えてないです。最後の瞬間は全然思い出せない。それぐらい興奮した瞬間だった。一生分泣いたし、もう枯れましたね」

 9年ぶり3度目となるパラリンピックのシングルス金メダル。アテネのダブルス金メダルを加えれば、4個目の金メダル。前人未到の偉業達成である。そのことを問われると、「オレは最強だ!」のフレーズとともに鋼のようなメンタルをつくりあげてきたかに見える国枝が、こんな本音を漏らした。

「一度リオで挫折を味わってる。まさかこうして金メダルをまた首からかけられるのは、北京、ロンドンとは全然違う。(中略)勝つむずかしさを年々感じていますし、何度も〝自分はできるんだ、俺は最強だ〟と言いきかせますけど、心の奥底では疑う自分がいた。その戦いはありました。そこに打ち勝った」

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 再三の肘痛と手術。引退を覚悟しながらあきらめず、新打法に挑戦し、不安に立ち向かって精一杯のテニスをした。勝負を越えた悟りの境地が、空前絶後の金メダルをもたらしたと言っても過言ではないだろう。

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 国枝が所属するユニクロは、東京パラ金メダルの偉業を「パラスポーツの地位向上、パラスポーツが純然たるスポーツビジネスとしても、十分に成立し得る可能性を示した革命的な出来事」と称え、国枝に特別報奨として1億円をプレゼント。また、車いすテニスを含めたパラスポーツイベントの開催など、将来パラスポーツを目指す子どもたちに夢と希望を与える活動を国枝とともにやっていくことも表明している。その際のプレスリリースには、国枝のこんなコメントが記載されている。

「この報奨に恥じぬよう、これからも良いパフォーマンスを継続していきたいと思っています。ユニクロから提案された、将来のパラスポーツを志す子どもたちへの支援活動は常々したいと思っていたことなので、これも本当にうれしく、楽しみです」

 プロになった年に契約したときの期間は2年間。その契約がもう10年以上も続いている。国枝の車いすテニスにかける思いは、金メダル獲得よりも遥かに遠いところにあった。