尾崎世界観対談集 身のある話と、歯に詰まるワタシ

尾崎世界観対談集 身のある話と、歯に詰まるワタシ (朝日文庫)

 こんな見方や感覚もあるんだなと、興味深かったです。

 

P64

尾崎 ちなみに松之丞さん、お酒は好きなんですか?

松之丞 好きだけど、シラフでしゃべる方が好きですね。僕は飲めば飲むほどいい人になっちゃうんです。

尾崎 奥さんと飲むことはありますか?

松之丞 カミさんとは飲むんですけど、今は母乳が出る時期なので控えてます。大みそかにカミさんとお酒を飲むのは、一年のうちでも大きな楽しみの一つですね。僕は正直、カミさんに依存していると思います。地方に行っても寂しいから常にカミさんに電話してますし。

尾崎 お子さんが心配だからではなく?

松之丞 それを装って、本当はカミさんと話したいだけ(笑)。

尾崎 それは素敵ですね。

松之丞 これはのろけでもなんでもなくて、カミさんは僕にとってほぼ唯一の友達でもあるんです。

尾崎 (高校時代からの)親友の植松さんは?

松之丞 あいつは親友なんですよね。なんというか、ずっと優しくしてくれる存在みたいな感じです。それに彼は仕事で今、名古屋なんで。東京戻ったら遊べますね。時々講談を聴きにきてくれるんですけど、最初は嫉妬で行けなかったと言ってました。尾崎さんはどうですか?友達いますか?

尾崎 やっぱり仕事が絡んでいることがほとんどですね。ずっと大みそかを一緒に過ごしていた高校の同級生が二人いるんですけど、最近は会えていないし、基本的にあまり連絡もしないですね。

松之丞 友達との時間がゼロだからこそ、自分の時間がふんだんになるという考え方もできますよね。いい人であればあるほど友達が多いだろうし、そのぶん誘いも多い。するとそれを断る時間も必要になってくる。でもその時間は無駄じゃないですか。だから結果、友達がいなくて良かったなと思います(笑)。

 

P84

尾崎 確かに最果さんの詩は抽象的だけれど、読んでいると、そのなかに入っている感覚になります。最果さんが好きなブランキー・ジェット・シティの歌詞はどちら側だと思いますか?

最果 ブランキーの歌詞は抽象寄りだけど、少し違うんですよね。ハタから見ると不思議なことを言っているけど「この人には世界が本当にそう見えているんだろうな」と信じ込ませる歌詞です。表現の貫き方が真に迫っていて、あの世界の方が本当に感じる。それがすごいところだと思います。

尾崎 ちなみに、最初に好きになったフレーズは覚えていますか?

最果 最初は『冬のセーター』の歌詞だったかな……。「モデルガンを握り締めて僕は自分の頭を撃った/そのままベッドに倒れこみ死んだふりをして遊んだ」という行の後、「今年の冬はとても寒くて長いから/おばあさんが編んでくれたセーターを着なくちゃ」という行が続きます。一行一行飛んでいて、わからないけど、でもわかる。この感覚が猛烈に衝撃的で。

尾崎 冷静に考えるとぼやけてしまうけれど、意味になる前に飛び込んでくる言葉ですね。

最果 考える前にわかってしまうという感じですよね。すごくかっこいい。自分が目指しているのも「考える前にわかってしまう言葉」なんです。だから書く時に我に返ってしまうと、もう書けなくなってしまう。考える前に一気に書かないと安心できないんです。

尾崎 自分の思考に追いつかれないように、言葉と思考の鬼ごっこをしているような感覚ですか。

最果 そうですね。元々、人のために言葉を練ることや、空気を読んで相手のために何かを言うことが苦手だったんです。それが嫌でネットに好き放題に書いていたら、言葉が自分の考えを飛び越えてその先に行ってしまった。だから自分の考えの方が鬼ですね。思考が言葉を追いかけている。そして、言葉をつかまえてしまったらダメなのだと思います。

 

P88

尾崎 ・・・歌詞は聴く人に委ねなければならないですよね。もちろん、委ねられるということに助けられてはいるのですが、「でも本当はこういう意図があるんだけどな」と説明したい気持ちもあるんです。

最果 なるほど。

尾崎 本当は合間にいろんなものがあるのに、一と五と十しか伝わっていないことがある。それでいい曲もあるけれど、二、三、四、九を説明したい曲もあるんです。そういった欲が、文章を書くことによって少なくなりました。最近は、曲と文章を照らし合わせることによって伝わればいいと思うようになりました。最果さんにはそんな感覚はないですか?

最果 ないというより、わたしは「文章って伝わらないよ」と思っているんです。自分の意図とはまったく違う形で作品が捉えられていると感じることも多いけれど、意図が通じるとは最初から思っていない。言葉や文章は、相手が相手なりに消化するものだと思っています。だから尾崎さんの話を聞いて、今、すごく不思議な気持ちです。そうかあ、説明するのかあ、と。

尾崎 自分の癖なんですけど、突っ込まれた時に何か言えるようにしていなければという思いが常にあるんです。プロモーション期間にインタビューで「この曲のこの部分の意図は?」と聞かれるので、全部答えられるようにいなければいけないとずっと思ってきました。その習慣が染み込んでしまっているのかもしれません。何も考えずに書くことも時には必要だと思いますが、なかなかできないですね。

最果 誤解されるのは怖いですか?

尾崎 怖いです。でも、誤解に助けられることも多いですね。その余白は常に持っていたいけれど「でも、そうじゃないのにな」という気持ちが常にどこかにあるんです。詩の場合は「この部分に注目してほしい」という気持ちにはならないのでしょうか?

最果 書いた時はあまり思わないのですけれど、読者の方が気に入った箇所を抜き出してくれた時に初めて「なるほど」と思って、それからその部分を宣伝に使うことはよくあります。他人の意見の方が参考になるんです。逆に、自分がすごく自信を持って書けた箇所はあまり反応してもらえなかったりする。たぶん、書いている人の快楽と読んでいる人の快楽は違うのだと思います。書き手は言葉を思いついた瞬間の快楽だけれど、読み手は完成した言葉を受け取っているから、消化の仕方が違う。おいしいところが違うんです。

 ・・・

尾崎 音楽にはAメロ、Bメロ、サビという概念があるので、詩に比べると少しだけ伝わりやすいのかもしれないと思いました。サビは特に大事ですよね。ここが盛り上がるとみんながわかる。待ち合わせ場所のような感じがします。そして、そこに息苦しさを感じる人もいるんでしょうね。「どうせまたここでみんな手をあげるんだろうな……」という息苦しさ。

最果 あります!あるー!

尾崎 コール&レスポンスなんてその最たるものです。だから、僕は煽りがあまり好きではないですね。学校の行事みたいになってしまうから。

最果 わたしも「オイ!オイ!」ってみんなが言うライブは苦手です(笑)。

 

P120

尾崎 金原さんの作品にも、破綻しきれずに生きてしまえる悲しさを感じます。たとえば「ストロングゼロ」なら、毎朝会社で酒を飲んでいるのに、それを隠して周囲を騙しながら、一見普通に働けてしまうという悲しさ。もっと早く自分の危うさを見つけてもらえたら楽になれるのに、取り繕って生きてしまえるやりきれなさ。読んでいて、これは水のなかに潜って息を止めている感覚に近いと思ったんです。ああいうふうに書ききれるのは、実際に金原さんが息を止めて我慢しているからなんじゃないか。それはすごいしんどいことだし、自分にはできないことです。

金原 ……すごい、そういうのってわかるんですね。なんだか今、熱があがった気がする、手が熱い(笑)。こういう感想は初めてで、ちょっと戸惑っています。

尾崎 死にきれなさのようなものを感じるんです。きっと今はそういう時代なんでしょうね。

金原 ものすごい虚無を抱えた人がごく普通に生きられてしまう世の中になっていると思います。私も新刊が出ればうれしいし、当たり前のように新しい小説について語ることもあるけど、そのなかで確実に蝕まれているものがあると思っていて。この二十年間、「なんでこんなにつらいんだろう」という気持ちをずっと持て余しながら生きてきました。それはきっとこの先も変わらないんだろうと思います。・・・