つくって食べる日々の話

つくって食べる日々の話 (ele-king books) (書籍)

 料理にまつわるエッセイの数々、面白かったです。

 こちらは、絶対に終電を逃さない女さんの「それでも料理を好きになれない」。

 

P59

 私はこんなペンネームの割には押しに弱いところがあるので、押し切られる形で同棲したことがあり、こんなペンネームの割には頼み事を断りきれないところがあるので、なし崩し的に二人分の食事を作らされていた。

 それ以前の私はというと、ろくに料理をしたことがなかった。東京の一人暮らしの部屋は、小さな四角いワンルームの片隅に、備え付けの小さな四角いミニ冷蔵庫と、小さな四角い一口コンロ、小さな四角いシンクがきゅっと詰め込まれていて、もちろん作業スペースはなかった。

 毎回一食分だけ作るのはコスパが悪いが、食材や作り置きの保存スペースも足りず、そもそもお金もない。そんな環境で私が導き出した最適解は、家で米を炊いてスーパーの惣菜をおかずにするというスタイルだった。

 栄養バランスの観点から自炊推奨派だった彼は、当時心身ともに慢性的な不調を抱えていた私に対し、添加物の多い惣菜ばかり食べているのが原因なのではないかと喝破した。

 私はそれを、否定した。否定したかった。精神的なストレスによるものであって欲しかった。

 物心ついた頃から場面緘黙症という障害があり、高校まで家族以外と話すことがほとんどできなかった私は、強いストレスに晒されて生きてきた。・・・意を決して親や学校の先生に相談しても、大人たちは口を揃えて「あなたは全然普通だから大丈夫」と無理やり「普通」という枠に私を押し込もうとするばかりだった。学校で必要最低限のことすら喋れない、トイレにも行けない、笑うこともできない子供のどこが「普通」で、どこが「大丈夫」なのか。

 ・・・

 誰かに、わかって欲しかった。別に普通になんてなりたくなかった。私はつらいのだと、普通じゃないのだと、大丈夫じゃないのだと、ただわかって欲しかった。

 その渇望が、大学に入って場面緘黙症が治ってからも、続いていたのだろう。普通じゃないし大丈夫じゃないことを、心身の不調によって、他人に示したかった。こんなに身体のいろんなところが痛んで鬱になるほど苦しんでいるのだと、周りの人に思って欲しかった。

 自炊に気が進まなかったのは、だから狭いキッチンのせいだけではなかった。私にとって不調を食事のせいにされるのは、私の苦しみをわかってもらえないことを意味することにもなるし、彼の意見に従って健康のために自炊をすることは、わかってもらいたい自分を否定することでもあったのだ。

 とはいえ同棲を始めた家は二口コンロで作業スペースもあり、数日分の二人分の食材を納めるには申し分ないサイズの冷蔵庫もあったので、一人暮らしのキッチンよりは随分と快適な自炊をすることができた。

 別に私は料理好きでも料理上手でもないし、家事の負担が私に偏っていることにも腹は立ったが、不本意ながらの自炊も、決して悪いことばかりではなかった。

 特別難しい料理でもない限りちゃんとレシピ通りに作れば失敗しないし、食材の特性や味付けの組み合わせなどの基本さえ押さえれば、レシピなしでも適当にいろんな料理を作れるようになるものなのだと知った。

 自分で作ったものが美味しいと気分が良い。人に美味しいと言われれば嬉しい。たまに失敗して不味い時は、途端に自分がダメな人間に思えてくる。

 たかが料理に自分の気持ちがこんなにも簡単に左右されることに私は少し動揺しながらも、美味しいものを作って食べるだけで自分の機嫌が取れるなら、されど料理だと感心したのだった。

 やがて私は彼と別れ、古い物件だけれど同棲していた家よりも広いキッチンのある部屋に引っ越した。誰かにわかって欲しいという渇望は、文章を書き続けるうちに、いつのまにか満たされていた。私は誰にも頼まれずとも自炊をするようになった。

 ・・・

 私はめきめきと健康になっていった。いや、未だ人並みには程遠いとはいえ、心身のあらゆる不調が三割くらいは減った。・・・

 しかし私は、それでも料理好きにはなれなかった。

 なんてったってめんどくさいの一言に尽きる。・・・この先ずっと、自分の健康のためだけに毎日自炊をやっていけるのだろうか……。

 そこで私は、『向田邦子の手料理』を購入した。向田邦子の死後に講談社から出版された、向田邦子が生前に作っていた数々の手料理のレシピ本である。敬愛する作家のレシピであれば、自炊のモチベーションを保てるのではないかと考えたのだ。

 その数日後、近所のスーパーでスモークサーモンが割引になっていたので、本に載っていた「サーモンと玉ねぎのグレープフルーツあえ」を作ってみた。そして写真を撮って、「向田邦子の手料理全部作る」と題してTwitter(現X)に投稿した。

 後先のことをまったく考えておらずその場の思いつきだった。改めて全体に目を通してみると、私の苦手な食べ物を用いたレシピも多く、正直全然作りたくない料理もあるのだが、この企画が案外好評で、言い出した以上は引くに引けなくなった。

 幼少期から苦手で避けてきたきのこ類やこんにゃくを、初めて自分で買った。買いたくないなあと思いながら買い、作りたくないなあと思いながら作り、食べたくないなあと思いながら、食べた。

 ところがそうして久々に食べてみると、いつのまにか食べられるようになっていることに気がつく。・・・むしろ今は美味しいとさえ感じる。

 また、好きだけど普段なら手が出ないような高級食材も、向田邦子の手料理を全部作るためなら思い切って買えたりもする。例えば「糸こん・鶏肉と貝柱の辛煮」は、苦手な糸こんにゃくもすんなり食べることができた上に、買う時は高すぎて泣きそうになったホタテの美味しさに泣きそうになったりもした。

 一度作って気に入ったものはレパートリーに加え、自己流でアレンジしてみたりもする。冷やしても美味しいので常備菜として年中作るようになった「ピーマンの焼き浸し」と「なすの田舎煮」。セロリやにんじんなど適当な野菜を足しても美味しい「豚肉と白菜のいため物」。いろんな野菜と一緒に蒸している「なすの蒸し物」。夏は「トマトの青じそサラダ」、秋は「かぼちゃの塩蒸し」。冬は「牛すね肉のスープ」を二時間煮込んでいるあいだ、向田邦子の真似をして原稿を書いてみたりなんかもする。・・・

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「仕事をもつ女には便利なつくりおきの品の一つ」として紹介されているししとうの辛煮は、大量に作って冷蔵庫に入れるたびに、烏滸がましくも同じ物書きの仕事をもつ女として向田邦子に少し近づけるような気分にもさせてくれる。「青じそごはん」を作ろうとした際は、「米、青じその葉、酒、塩各適宜」と書いてあり、「ってそれぞれどのくらいですか⁉」と聞きたくなった。「適宜は適宜よ!」と答える向田邦子の声が、どこからか聞こえてきそうな気がした。

『向田邦子の手料理』に掲載されている百十七品中、六十八品まで作った今なお私は、料理そのものが好きだとは思わない。

 そもそも普段から何かを食べたいという欲求が薄く、人と食事をする際も食べたいものを聞かれると「何でもいい」と答えて困らせてしまうタイプである。・・・

 向田邦子の手料理を作ることを通して向田邦子と繋がれるような気がする。「向田邦子の手料理を全部作る」をSNSで楽しんでくれる人たちがいる。そうしたモチベーションでなんとか、自炊をする毎日。

 一人では自炊ができないのが私なのだと思う。自分の意思のみによる、自分の健康のためだけの自炊が、できないのだ。

 恋人に頼まれて作ること。好きな作家の手料理を作ること。誰かに見てもらえること。一人で作って一人で食べていても、私の自炊は常に、誰かと共にあるのだ。