ディック・ブルーナさんの言葉、心地よく読みました。
P18
ぼくの朝は、比較的早くスタートします。毎朝六時には起きて、七時半ごろには、自転車に乗って家を出ます。朝食は、妻ととることもあれば、一人のときもあります。早朝のキッチンに立って、まだ眠っている妻のために、オレンジジュースをしぼって置いておくことだってあるのです。
スタジオに入る前に、ドム教会の近くにあるなじみのカフェへ立ち寄ります。
ここでゆったりとした気分でコーヒーを飲みながら新聞に目を通すのが、何十年もつづく習慣です。人が十人入れば満員になりそうな、古くからある小さなカフェです。ここの二匹のねこともすっかり顔なじみです。
スタジオにつくと、今手がけている作品にすぐにとりかかります。
ぼくは三、四冊の絵本を並行して描いていくやり方が好きなので、製作途中のいくつかの作品の中から、そのときに、もっともやりたいものを選んで集中します。
昼になるといったん自転車で家に帰り、妻とランチタイム。午後二時ごろには、またスタジオに自転車でもどり、今度は手紙の返事を書いたり、書類に目を通したりと事務的な仕事をします。
スタジオを閉めて家に帰るのは、だいたい夕方の五、六時ごろになります。
家では仕事はしませんから、あとはくつろぐだけです。ちょっとテレビを見ることもありますし、本を読むこともあります。妻とトランプゲームを楽しんだりもします。そして、たいがいは早く寝てしまいます。
もう何十年も曜日に関係なく、この規則正しい生活をつづけています。というのも、ぼくにとって描くことは仕事というより、楽しくてしかたがない趣味のようなもの。心から好きなこと、本当にやりたいことができる時間なのです。
これからも、かわらずにこのリズムでやっていくことになると思います。
P132
何かを伝えるために描くとき、その方法はたくさんありますが、ぼくが求めてきたのはシンプルに描くというやり方です。これは、ぼくのデザインスタイルで、どの作品にも共通していることです。
作品を描くときに、なんの準備もなしに一瞬のひらめきでできあがる形というのは一つもありません。
動物を描くなら、まず動物園で正確なスケッチをとります。その後、アトリエにもどって、スケッチをもとに、くる日もくる日も形からむだなものをギリギリまで削ぎ落としていくのです。作品をつくるすべての過程の中で、この形を決める段階がいちばんむずかしいと思っています。
シンプルに描けば描くほど、ふつうなら気づかないほどのわずかなミスが欠点として浮きあがってしまうからです。描こうとするものの本質をとらえきれていないときは、それが違和感としてあらわれます。
だから、形を描くときは慎重になます。もし、違和感があるときには、それがなくなるまで描きつづけるので、一枚の絵を描くために百枚もの下絵を描くことも少なくありません。「これはちがう、これもちがう!」と、毎日描いては悩みつづけ、ほんとうにある一瞬「これだ!」と思うものが見えてくるのです。
考えてみれば二十歳くらいから、こういうやり方をずっとつづけています。
シンプルで明快な線で描かれた作品は美しく、力強いものです。ものがもつ本質が際だっているということです。
