仕事でも、仕事じゃなくても

仕事でも、仕事じゃなくても

 大好きな漫画家、よしながふみさんのインタビュー集。

 あぁ、そういうところが好きで読んでたのかな、と思うところが色々ありました。

 

P141

 なんとも名前がつけられない関係性が好きなんです。さっき話していた一緒に暮らし続ける義理の親子とかもそうなんですが、どう呼ぶのが一番妥当なのかわからない間柄がいいんですよね。黒田と綾小路にしても、別にこの人たちが付き合い始めたわけではないですし、加害者と被害者なわけでもないし。関係の呼び名はないけれど、「でも、まあいいか」みたいに思える関係というか。その「でも、まあいいか」と思える気持ちを描きたかったんじゃないかなと。そこに名前がつけられなくても別にいいんです。

 

P208

―作中では、祖母についても頑なな母についても、その言動の良し悪しについては示唆されていません。それはこの話に限ったことでなく、三話の英子の選択や四話の雪子たち三人の選択してきた道についても同じで、読者にただ提示されている。

 

 描くときに裁かないほうが好きなので。物語なんだけど、ドキュメンタリーのような気持ちになっちゃうんですね。ドキュメンタリーと同じで、私は切り取って提示するだけ。だから、「親子っていいよね」とか「こういうこと言う親はよくないよね」ということを言いたいわけじゃなくて、ただそこにある、あるがままを描きたいなと思っていました。雪子の祖母にしろ母にしろ、過去にこういうことがあったのだということだけを描いているのですが、それは私の実体験でもあって、自分の祖母や上の世代の人と話したりしていると何らかの事情が垣間見られて「ああ、なるほど」と思う瞬間があるんですね。そして「ああ、なるほど」以上の感想はなく。その事情の発露の仕方をいいと思っているわけではないけれど、そこに至る因果はあって、それをそのまま物語にも出したいと思っています。「ああ、なるほど」体験を描きたいというか。

 

P217

―「ピアニスト」の主人公は才能が皆無なわけではなく、ただ彼の望むような才能ではなかったと。それを彼は自分の練習不足、努力不足のせいだと思い込もうとしていたわけですが。

 

 本当は力を尽くしていたんですよ、というミスリードというかオチですね。そういう話も描きたかったんだと思います。・・・

 

―彼は自分の能力できちんとお金を稼いでいるのだけれど、それは彼の体感的な幸せには直結していないのが考えさせられます。

 

 変奏曲的ではありますが、『西洋骨董洋菓子店』に通じているところはあると思います。あれも自分が一番やりたかったこと、なりたかったものには基本的になれていない人たちの話なので。エイジは網膜剝離というはっきりとした原因があるものの、小野はやる気はないけれど才能はあるという、どこかファンタジックな人間ですが。「ピアニスト」はもっとしょっぱい現実の話なので、より才能というものについては考えましたね。でもまあ、ラストでそんなに悪いことばかりでもないというオチにやっぱりしたくなるんですよ。それと、思いもよらないところから救ってもらうみたいな話がやっぱり好きで、自分の努力が報われたわけではなく、関係のないところから降ってくるラッキーに助けられる形になっています。こういうところにもやっぱり自分の好きなものが出ちゃうんでしょうね。だからこれも描いていて楽しかったです。

 

P343

―子供の頃からデビューしたあともずっと漫画を読むのがお好きですよね。

 

 すごく好きなままです。漫画がなかったらものすごくつまらない人生だったろうなと思います(笑)。漫画家になってからのほうが多岐にわたってたくさん読んでいますね。仕事のための勉強ですと大手を振れるので、ドカンと買って読んでいます。・・・

 

P349

―売れたい、ヒット作を出したいという欲はありませんでしたか?

 

 売れる売れないは運だとか巡り合わせも必要だと思っていましたから、売れるかどうかは気になりませんでした。ただ、<食えない>のは嫌で。繰り返しになりますが、私の中で売れる漫画家と売れない漫画家にたいした違いはないのですが、食える漫画家と食えない漫画家は大きく違います。食えない漫画家は生きていくために漫画を描く以外のこともしなくてはならなくなりますから。それを避けたいと思っていました。

 

―漫画を描いて生計を立てることが大事だったと。

 

 はい。それはもう絶対に大事でした。ただ自分が不器用な性質で、雑誌の作風に合わせたものを描いたり、ターゲットになる読者層に向けて何かをサービスしたりすることができず、自分の描きたいものしか描けないとわかっていましたので、仕事をくれる出版社に対してできることと言ったら、自分のできる一番クオリティの高いものを出す努力を続けることと、締切を守ることしかなかったんです。締切を守るということはクオリティの高いものを出すことにも繋がっていて、締切までに時間的余裕があれば編集者の方から指摘を受けても十分に直せるし、その指摘が不本意なものであっても冷静に話し合えるんですよ。時間がないと至らないところもあえてスルーされてしまうかもしれないし、納得のいかない指摘でも飲まざるをえないかもしれない。人間は楽をしたがる生きものなので、心に余裕がないと安易なほうを選んでしまうと思うんです。最終的に自分の名前で世の中に出る作品ですから結果は自分に跳ね返ってくるわけですし。問題を避けて余裕を生むために何が重要かというと、睡眠と健康だったわけです。そして、漫画で生計を立てるということが大前提ではありましたが、同時にいつ仕事が来なくなっても仕方がないとも思っていました。私にとって漫画家は夢の職業だったので。子供の頃は漫画家になれないと思っていたからほかの資格職に就こうと考えていたくらいで、漫画家になれたことは本当に夢のような出来事でした。それからもずっと夢みたいだなと思っています。そんな夢の中に長くいられることが本当にありがたいし、それだけで十分にラッキーだと思っているので、いつこの夢が終わっても後悔はないです。夢から覚めるのは当たり前でしょう?という気持ちがどこかにあって。だから夢が続く限り、ありがたいな、ラッキーだなと思い続けると思います。