不便によってもたらされる利益

京大変人講座―――常識を飛び越えると、何かが見えてくる (三笠書房 電子書籍)

 確かに便利かもしれないけど、仕組みもわからないし、手応えもない、みたいなことは結構あります・・・キャンプなどが楽しいと感じられるのは、不便益もあるんだなと思いつつ読みました。

 

 こちらはシステム工学が専門の川上浩司さん。

P148 

 さて、ここまでいくつかの事例を挙げて「不便」について考えてきました。私はこうした事例を一〇〇件以上集めた上で、「不便によってもたらされる利益=不便益」について解析し、次のようにまとめました。

◎可視性が高くなる

◎気づきや出会いの機会をくれる

◎能動的に工夫させてくれる余地がある

◎モチベーションが上がる

 ただ、本書で説明してきたような事例を並べると、次のように言われてしまうことがあります。

「これって、単なるポジティブシンキングじゃないですか?」

「ノスタルジーですね」

「結局は精神論ですか」

 たしかに誤解されそうです。ですから、「そうではない」とわかっていただくために、〝あえて不便にする〟ことを実践しているもの―私が勝手に「不便益認定」した事例をご紹介してみたいと思います。

 

*歩いていけない旅館「星のや京都」

 京都嵐山にある星野リゾートの旅館「星のや京都」は、まわりをぐるりと山と川に囲まれているため、歩いていくことができません。非常に不便な立地です。遠くの対岸から出ている渡し船に乗って向かわなければ宿にたどり着けず、さながら秘境です。

 行きにくいし、行き方を知らなければ行けない。だからこそ人気を博しています。

 

*バリアアリーを実践「夢のみずうみ村」

 超高齢化社会の昨今、「バリアフリー(バリアなし)」をうたう施設が増えていますが、あえて「バリアアリー(バリアあり……ダジャレですね)」を実践しているデイサービスセンターがあります。・・・ 

 バリアとは、たとえば階段や段差、手すりのない廊下など、高齢者にとって「不便」だと思われるものです。・・・

 ・・・バリアによって、足を上げ下げするという動きが生活に組み込まれることになり、それがいい運動となって体が衰えるスピードが低減するからです。

 障害物に色や模様をつけて見えやすくしたり、熟練のスタッフがそばにつくことで、安全性を確保します。

 お世話をするスタッフの育成が難しく時間がかかるため、このバリアアリーの考え方を実践している施設は国内にもまだ少なく、入居希望者が殺到するも順番待ちになっているそうです。

 ・・・

*足でこぐ車椅子「COGY(コギー)」

 車椅子は、足が不自由な人のための移動手段です。しかし「COGY」は、自分の足でこぐ車椅子。使用者の事情と用途を考えれば矛盾しているようですが、実は車椅子のユーザーには、片足だけは動く人や、足は動くけれど力が弱まってバランスがとりにくいために使用している人など、足を動かせる人も少なくありません。

 動く足を動かさずに楽して移動するよりも、少し大変でも動く足を使って移動するほうが、人は喜びを感じるといいます。手間もかかり、負担があっても、自分の力でできることの喜びが勝るのです。

 

*デコボコ園庭

 幼い子どもたちが集う幼稚園や保育園の園庭は、ほとんどの場合、平らに開けています。しかし、東京都立川市にある「ふじようちえん」の園庭は、あえてデコボコにつくられています。ウェブで検索してみると、他にも東京都西多摩郡の「大久野幼稚園」や、栃木県の「陽だまり保育園」などデコボコ園庭は多数。

 子どもたちがケガせず、容易に移動できるようにと考えるなら、平らなほうが便利なのは間違いありません。しかし、園庭にいる子どもたちは移動したいわけではなく、遊びたいのです。楽しみたいのです。

 ・・・

 移動には不便だけれども、その不便さが子どもたちのモチベーションを上げるのです。不便さが「自分でやってみよう」という挑戦の余地を与えてくれるという、いい例ではないでしょうか。

 

セル生産方式 

 工業的な話になりますが、製品の生産方式といえば〝ライン生産方式〟が有名ですが、その他にも〝セル生産方式〟があります。

 つくる側の立場に立って考えれば、便利なのは圧倒的に前者です。ベルトコンベアで流れてくるものに、キュッとネジを締めるだけ、もしくはパカッと部品をはめるだけで仕事は完結。各作業員の負担は少なく、最小限のスキルがあれば仕事ができます。

 ところが、数十年前から、不便なはずの〝セル生産方式〟を導入するメーカーが相次ぎました。「セル」と呼ばれる個別の場所に部品が置いてあり、一人または少人数のつくり手がその場で組み立てる方式です。究極的には、一人ですべてを組み立てることもあります。各作業員に求められるスキルも、手間も、〝ライン生産方式〟と比べれば段違いに上がります。

 その不便さを受け入れてでも〝セル生産方式〟を選択することについて、メーカー側は「多品種少量生産に対応する柔軟性を高めるため」と、もっともらしく答えます。しかし、私が思うに、より重要な理由があるのです。

 それは、そこで働く人たちの気持ちにかかわる問題でしょう。

 ある一つのネジをきれいに締めるエキスパートであることもすごいことですが、比べてみると、複雑な複合機、一台の自動車を、自分ひとりで組み立てられることへの自信や、誇りや、成し遂げたときの達成感のほうが、ずっとずっと勝るからです。

 不便をあえてとり入れることで、作業員のモチベーションが上がるだけでなく、スキルも向上し、それがさらなるモチベーションにつながっていく。この相乗効果が生まれるしくみが〝セル生産方式〟であり、まさに「不便益」の代表例といえます。