大事なことは・・・

学校ってなんだ! 日本の教育はなぜ息苦しいのか (講談社現代新書)

 何が本題なのか見極めることが大事だなと改めて思いました。

 

P70

工藤 私が課長になって、新宿区はいじめ件数の比率が二三区内でワーストになりました。当然、そのことは聞かれるだろうと思って、頭のなかでは答えるべき内容を準備していましたけどね。

鴻上 なんて答えたんですか?いじめワーストについて。

工藤 普通だったら終始「重く受け止めてます」みたいな答弁になるのでしょうが、私は「いじめの定義を押さえておく必要があります」ということから切り出しました。定義の設定条件によって件数は容易に増減されるのだと説明したのち、こう言いました。

「大人同様、子どもの世界にだって人間関係のトラブルはある。当たり前のようにある。子どもの発達には特性があって、アスペルガーの子どもなどは時に辛辣な言葉を友だちに向けることもある。そこで言い争いが起きた場合、つまり売り言葉に買い言葉のような状況となった際、これもまた、いじめとして計上されるのが、いまの定義なのです」

 こうしていじめが〝つくられて〟しまう危険性を指摘したんですね。ひとつひとつのいじめを特定していくことなど、さほど重大ではない。つまり〝件数〟にとらわれる無意味さを訴えたんです。だって、そもそもいじめというのは大人がわからないようにやるものでしょう。先生の目の前でいじめる子どもなんていませんよ。もともとほんとうの〝件数〟なんてわからないものなんです。

 さらに、こう続けます。

「だから、新宿ではいじめの可能性があるものはとにかく全部報告してくださいとお願いしてきました。当然、件数は増えます」

鴻上 なるほど。可能性があるものはとにかく報告させた。そのなかから問題を探していくわけですね。

工藤 ・・・私は最後にこう言いました。

「いじめの調査はいじめをなくすためにあるんじゃありませんし、数を確認するためにあるものでもない。調査の目的は困ってる子どもがいないかを探し出すためのものです。だからこそ、遠慮なく報告してくださいとお願いしたのです。新宿区はこの方針を変えません」

 ・・・

鴻上 一般的にはどうしても件数だけでいじめの問題を語ってしまう。増えたのか、減ったのか。本質ではない部分が、解決のかたちであるかのように認識されてしまうということですね。・・・

 

P96

鴻上 教育とは子どもたちの心をひとつにまとめるものだと思っている人、多いですよね。

工藤 多いですね。だから「絆」とか「心をひとつに」なんて言葉が教育の場でも流布される。

鴻上 なんでしょうねえ。

工藤 私は「心はひとつにならない」って、ずっと言い続けています。

鴻上 ひとつに染まったら、ほんと、怖いです。

工藤 大事なのは感情をコントロールしながら理性的に物事を決定する能力だと思っています。でも、日本って、思いやりで解決しようとしてしまうでしょ?・・・いま、世界中の教育関係者の間では「エージェンシー(agency)」が大事だってことが言われています。・・・なんでも他人事にしてはいけない、自分自身もまた社会を構成しているひとりなのだという考え方を育てるべきだという考え方です。

 

P111

工藤 私と一緒に本を書いた木村泰子さん(大阪市立大空小学校初代校長)は、「やり直し」という言葉を用いるんですね。教育とは「やり直しができる子どもを育てることだ」と。

 対立が起きたときについ感情的になって、要らないことを言ってしまった、相手を傷つける言葉を使ってしまったとか、思わぬ方向に、悪い方向に流れてしまうことがある。それを振り返ったときに、ほんとうは自分はどうすればよかったのか、これからどうすればいいのかと考えたときに、人間はふたつの方法をとることが多い。一つは修復に向けて動くこと。もうひとつは、ごまかすこと。そこでリスクを考えるわけです。修復のリスクと、ごまかすリスクを天秤にかけて、修復を選択したほうがリスクは少ないんだよと教えるのが教育だと、木村さんはそう述べているのだと思います。

鴻上 ああ、いいですね。僕が若い俳優に本番前に必ず言うことがあります。それは、「せりふをとちるだろう」ということです。

「せりふをかんだり飛ばしたりするだろう。間違いなく君たちはとちる。でも大事なことは、とちった後どうリカバーするかだからね」と。

 ・・・

工藤 人間の特徴というか、素晴らしいのは、それこそ「やり直し」ができること。それを認めることができれば、自己肯定感だってもう少しは高くなるはずなんです。