こちらも横尾忠則さんの話、おもしろかったです。
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世の中には不思議なことが多いですね。・・・今日話す話は現実の不思議な奇跡的な話です。・・・51年前の話です。
仕事をかねてタヒチのボラボラ島に行った時の話です。映画「最後の楽園」のロケ舞台になった島です。海岸に面した椰子の並木の間にポツポツとバンガローが点在していて、そこに泊まるんです。そして朝食は海岸から海に出っぱったレストランに桟橋を渡って行くのです。
そのレストランで毎朝会うひとりのタヒチ娘がいました。毎日、髪に昨日と違った花を飾って、いつもひとりで朝食をしていました。2日目から、そのタヒチアンはニコッと白い歯を見せて会釈を送ってくれるようになりました。
そんな彼女がある朝、隣のテーブルから話し掛けてきました。フランス語です。・・・フランス語は「メルシーボク」と「オニバ」(行きましょう)しか知りません。ここでまさかオニバとは言えません。片言の英語で話そうとすると、彼女は英語で話しました。
話の内容はこういうことです。
「あなたと会うのも今日限りです」。「ハイ僕も今日タヒチのパペーテへ行きます」。「私はパリに行きます。そして向こうで結婚します」。「イヤー、それはコングラッチュレーション!僕も日本に帰国したあと、パリの展覧会のためにパリに行きます」。「アーティストですか。会えるといいですね」。約束でもしない限り会えるはずはない。
そして、何カ月後かにパリに行った。彼女のことなどすっかり忘れていた。地下鉄でサンジェルマンデプレ駅で降りようとした時、入れかわりにひとりの女性が乗ってきた。フト顔を見ると、ボラボラで会ったタヒチアンじゃないか。彼女も僕を認識して驚いた顔をした。僕はホームに立ったまま彼女を見つめた。彼女はすでに車中の人。その時、彼女は大声で「ボラ!ボラ!」と叫んだ。ドアが閉まって電車は彼女を乗せたまま、2人の距離を離してしまった。
お互いに顔を記憶していたが、名を名乗ったわけではない。彼女は思わず咄嗟に、「ボラボラ」と叫んだ。2人の共有する言葉は、「ボラボラ」しかない。まるで映画のラストシーンだ。地球上のある一点で出会った者同士が、地球の真裏で再び遭遇する。だけどその一瞬の感動だけを残して、永遠に出会うことのない2人の運命は忘却の彼方に去っていた。
セトウチさん、どうです、ロマンチックな物語でしょう。・・・
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・・・次は人間と亀の出会いと別れと再会の話をします。
子供の頃の僕は夏になると終日小川で小鮒獲りに夢中でした。そんなある日大きい一匹の亀を獲って家でしばらく飼っていましたが、亀は家のどこに置いても川のある方へ行きます。あんまり川に帰りたがるので、泣き泣き、獲った小川に戻してやりました。その前にお腹に「タダノリ」と僕の名をナイフで深く傷つけました。
そんなことがあって四年ほどしたある日、町の東を流れる加古川という大きい川に架かった鉄橋の下で父と二人で魚釣りをしていました。僕は岸辺に足を突っ込んで石を足でころがして遊んでいました。その時大きい石が水の中でゴロンとひとりで動きました。エッ!と思って、その石を見ると、石だと思っていたのは大きい亀でした。
そこでその亀を拾って裏返して見て、僕は驚きました。なんと四年前に小川に逃がしてやった「タダノリ」名義の亀ではないですか。名前の所にはコケがついていましたが、まごうことなくあの時の亀と何キロも離れた大きい川で再会したのです。亀と人間のロマンチックなお話でしょう。またしばらく家で飼っていましたが川を恋しがるので、鉄橋の川に帰してやりました。ボラボラもいいけど、セトウチさん、こっちもロマン主義的でしょう。この時の話を僕は何枚かの絵にしています。ついでに父の名は亀太郎です。