おすもうさんが大好きなお二人が、おすもうを入口に世の中を覗いてみたらどうだろう?と企画した本だそうで・・・魅力的な方がたくさん出てきました。
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水曜日の夜九時、東京都昭島市、総合格闘技の小さなジム。わたしは、まこデラックス山こと西山まこさんの練習に同行させてもらった。
・・・猛者たちに混ざって紅一点、まこさんは練習を積んでいるのだ。
前半はグローブをつけてボクシングのスパーリング。・・・まこさんのパンチが決まると、「いいよ、ヨコヅナ!」と声が飛ぶ。・・・
後半は、まこさんのために相撲の練習メニューが組まれていた。・・・
・・・
「まこ」とか「ヨコヅナ」とか呼ばれるたびに、まこさんはヘロヘロになりながらも、
「はい!」
と食らいついていった。ジムの先輩たちが、この若い女力士に惜しみなく技術を授けようとしているのが伝わってくる。まこさんはみんなの希望の星なのだ。
「なんでこんなに楽しいのかわかんないくらい楽しいです」
そう言って、まこさんははにかんだ。ミックスグリル定食、ごはん大盛りをペロリと平らげ、デザートの抹茶パフェにさしかかっていた。旺盛な食欲、お肌はもちもちすべすべ、ストレートの黒髪はつやつや。二四歳の輝きに、うっとりする。
「毎週水曜日にジムに行くのが、ほんと楽しみで。毎回、反省点があってそれがまた楽しいんですよね。ダメ出しされると、もう朝から晩までずっとそのこと考えて、よーし次の練習までに修正するぞって燃えるんです」
・・・相撲に出会って三年。「もっと早く相撲に出会いたかったなぁ」「相撲してなかったときのこと、もう思いだせないくらい」って、まるで恋のようだ。
・・・
子どもの頃、将来はなにになりたかったのかと問うと、
「パン屋さんかな。でも小学校高学年の頃にはもう、介護の仕事がしたいって考えてましたね」
とまこさん。同居していたおばあちゃんの体が不自由だったことが影響しているという。・・・そして―。少女時代のまこさんを特徴づける最大のポイントは、力持ちだったこと。
「自分より力が強い人に会ったことないです」
さらりと言う。小学校の相撲大会ではいつも男子を負かしていた。・・・
「だから自分は人より力持ちだということは昔からわかっていました。たとえばほら、こんな感じで……」
そう言って、スマホに保存された動画を見せてくれた。まこさんが正面を向いて立っている。その肩に大柄な男がぴょんと飛び乗った。まこさんはビクともせずに受け止めて、ほほえんでいる。
「わ、なにこれ、すごい!」
声をあげるわたしに、まこさんは淡々と告げた。
「女の人だったら、(肩に)余裕で二人乗せられますね」
・・・
まこさんは高校在学中にヘルパーの資格を取得した。・・・現在は・・・クリニックで働きながら看護学校に通っている。・・・
さて東京に出てきて数年が経ったある日、故郷・北海道から「女だけの相撲大会」のニュースが流れてきた。・・・「おでぶ山」という力士がとにかく強い。四連覇を果たした。向かうところ敵なしだ。そんな噂を聞き、まこさんは母親に電話して言った。
「わたし、その人に勝てると思う」
・・・たぶん勝てる、と素直にそう思ったという。するとお母さんも乗ってきた。
「うん、まこなら勝てる。来年、出てみたら?」
・・・「まこデラックス山」という四股名はお母さんが考えた。「テレビで、マツコ・デラックスさんの首の後ろから背中にかけてのラインを見るたびに、うちのまこに似てるわぁと思ってたのよ」・・・
二〇一七年大会は・・・優勝を果たした。優勝後、報道陣に囲まれて聞かれた。
「なにかやっているんですか?柔道とか?」
「いいえ、なにも……」
翌二〇一八年・・・まこさんはすんなり二連覇を果たした。またインタビューで聞かれた。
「どういう練習をしているんですか?」
「いや、なにも……」
二年続けてそう答えながら、まこさんは居心地の悪さを感じたのだとか。
「なにもやってないのに勝ちましたなんて、ウザくないですか?生意気だと思われるんじゃないかって気になっちゃって」
それで総合格闘技を習うことにしたのだという。・・・
友人を介して知ったジムは、小さいながらも精鋭揃い。最初に見学に行った日、簡単に投げられた。そりゃそうだ。相手は男性だし、長く体を鍛えてきた格闘家だ。でもそれは、まこさんにとって生まれて初めて自分より強い人がいることを知った瞬間だった。
「ショックでした。すごく悔しくて……だからハマっちゃったんですよね。強くなりたいという欲。それだけです」
・・・
二〇一九年五月一一日。「女だけの相撲大会」を翌日に控え、わたしは函館に飛んだ。・・・
・・・
「金井さーん!」
呼ばれて振り返ると、客席の一角にまこデラックス山サポーター軍団が陣取っていた。お揃いのピンクの似顔絵Tシャツを着用して、めちゃくちゃ目立っている。・・・
・・・
午後になると、大会は白熱の度を増していく。強い人が残っていくので、「きゃっ、痛ーい」的なほのぼのした雰囲気は影を潜め、ハードな対戦が目白押し。どすん!と頭からぶつかったり、ビュンッ!と投げ飛ばしたり。す、すげえ、女の本気。
取組を終えたおすもうさんに話を聞くと、それぞれの人生の断片がちらっと見えて、興味が尽きない。・・・茶髪をきれいに編み込んだシコ太郎さんは、ボクシング歴五年のトラック運転手。おでぶ山さんとシコ太郎さんは、喫煙所でタバコをふかしながらトラック談義に花を咲かせていた。
「そっちは、なに運んでんの?」
「冷凍食品とか。おでぶ山さんは?」
「あたしは米」
「いいっすね。トレーニングになる」
「うん」
・・・
まこさんは三連覇を果たした。準優勝は秋田から来たクロ太郎丸さん(仕事はこれまたトラック運転手)。おでぶ山さんは三位決定戦を制した。表彰式で並ぶ三人は晴れやかな顔をしていた。