日本語の秘密 言語学者、ことばの達人に会いにいく

日本語の秘密 (講談社現代新書)

 ほぼ日の學校でお話されてるのが面白かったので、読んでみました。

 


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P35

俵 そういえば、先生にお聞きしたいことがあったんです。我が家で未解決の問題があるので、ぜひ教えていただきたい。連濁(二つの単語をくっつけて複合語を作るとき、ふたつめの語頭が濁音に変わること。「ときどき」「いけばな」など)についてです。

 息子が小さい頃、「お母さん、別腹ってなに?なんで『べつはら』じゃないの?」と聞かれたことがありました。そのときは「別のお腹のことで、『別』と『腹』がくっつくと『は』が『ば』に変わるんだよ」と説明しました。息子はその時点で、濁点が「糊」のような役目を果たしているというところまでは理解したようです。すると、「じゃあ、なんで靴下は『くつじた』と読まないの?」とさらに疑問をたたみかけてきた。これには答えられませんでした。言われてみればその通りで、なぜ靴下では連濁が起きないのか。その答えはまだ私の中で出ていません。

川原 それは難問です。連濁は古代の日本語まで遡れば規則的なものだったんですが、時代を経るにつれて不規則になっていった。だから連濁するかどうかは単語によってまちまちです。もともと日本語は「何の何」という表現の「の」の母音が落っこちて、「何『ん』何」となる傾向がある。そして、「ん」の後が濁りやすい性質を持っています。

俵 「神田」がそうですね。「神の田」の「の」が「ん」に変わって、その後の「た」が濁る。

川原 まさにそうです。ですから意味が並列な単語の場合は連濁しない。たとえば「山と川」という意味の「山川」という複合語は「山」と「川」が並列なので濁りません。でも、「山にある川」という意味なら「やまがわ」と濁る。これは「山の川」がもとにあるからだと考えられる。でも靴下の場合は「靴の下(に履くもの)」です。連濁しても不思議じゃない。同じ「した」でも「舌」の場合は「二枚舌」や「猫舌」みたいに連濁します。「靴」が影響しているのかというと、「靴箱」や「靴底」みたいに連濁する。そう考えると、なんで「靴下」は濁らないんだろう。う~ん……これは先々の宿題です。

 

P138

川原 ・・・山寺さんはアニメの登場人物に声を当てていく際、どうやってその役の特徴を作りあげていくのか・・・そこに至るまでの過程も知りたくなります。

山寺 原作漫画があればまずはそのキャラのデザインを確認して、顔や体つき、表情を細かく読み込みます。外見的な特徴は声作りのために重要な情報です。その上で、このキャラにはこんな声が合っているかな、とイメージを練りあげていく。そして最終的に固まった「理想像」に自分の声を近づけていきます。その際に気をつけているのは、無理をして不自然な声を作らないこと。自分のできる範囲で最大限、そのキャラの個性を引き出すことです。オーバーに作り込みすぎると作品を観ている人は途端に冷めてしまいます。

 声作りをする上で大事なのはキャラのビジュアルと声の一体感です。「このキャラならばこの声しかありえない」というくらいまで登場人物と声のマッチングを考え抜きます。場合によってはあえてそのキャラの外見と声を一致させない「はずし」の手法もあるし、僕自身もときどき使うテクニックですが、それは例外です。

川原 ・・・この点に関して、私がすごいと思うのが響良牙です。良牙の声は明らかに若いんです。・・・人間の声帯も年を取れば荒れてしまって、滑らかな声帯振動が起こらなくなる・・・山寺さんの地声だって若い人の声とは違うわけですよね。それなのに良牙の声を演じる時には「若返る」ことができる。・・・ボイストレーナーの長塚さんは、「声帯も筋肉だから、しっかり使っていると老いにくい。山寺さんはふだんから声帯の筋トレをやっているようなものだから、声の若さを保てるのだ」とおっしゃっていました。

 

P149

川原 少し抽象的な質問になりますが、声優という仕事は作品に登場するキャラに自分の声を当てて、その世界観を具体化したり奥行きを持たせるものだと思います。そんな声優の仕事において一番大切なこと、山寺さんが心がけているものとは何でしょうか。

山寺 それは難しくて、そして本質的な問いだと思います。・・・声優にとって一番大事なのは自分の声を通してキャラの感情を視聴者に伝えること。最終的にはこれに尽きると考えています。

 ・・・声は感情の伝達手段として優れていると思うんです。・・・たとば怒っているときには声が低くなる傾向がある。声を低くすることで、相手に対して「自分は怒っているんだ」というメッセージを込めて発信します。このように人間はどういう声を出したら相手がどのように受け取るかを無意識のうちに考えている。

 ・・・

 ・・・僕は数値化できる周波数などでは表せない人間の感情や魂のようなものを表現したくて声優を続けているんです。

 

P158

川原 山寺さんはこれまで、海外映画の吹き替え版も数多くこなされてきました。・・・吹き替えの際に意識していることは何でしょうか。

山寺 最初に意識するのはオリジナルの役者との一体感です。たとえば、ウィル・スミスの声は『インディペンデンス・デイ』で初めて担当しました。当初、彼の写真をみたとき身体は大きいけれど顔つきは愛嬌があるので、高めの声を想定していたんです。ところが地声を聞いて、その野太さに驚きました。そこから彼の実際の声に少しでも近づけて一体感を出すため、太い声を出すように方向転換しました。

川原 外見との一体感だけでなく、もとの役者の声との一体感も重要視されている、ということですね。これは音声学的な分析をしていたときに、「まさに!」と感じた点と一致します。山寺さんの吹き替えで印象的なのが、ジム・キャリーが主演を務めている『マスク』の「パーティータイム!」というセリフでした。あのシーンで、山寺さんは「パーティー」の[p]と「タイム」の[t]の破裂を強く発音して、破裂のあとも空気を多く流して発音しています。音声学ではこれを「帯気」と呼びます。帯気は英語話者が[p]や[t]といった無声破裂音を発音するときに自然に出すのですが、日本語では、これがあまり起こりません。少なくとも英語の帯気の方が強い。その英語らしい帯気を真似ることで、吹き替えのジム・キャリーは日本語で話しているんだけど、話し方に英語っぽさが残る。結果として、まるでジム・キャリー本人が日本語を喋っているように聞こえる。だから吹き替えなのに違和感を感じないのでしょう。音声学的な観点からも見事だと思います。

山寺 あれは極限まで本人の喋り方に近づけました。今でもよくやるんですが、吹き替えをするとき、練習の段階でその役者の喋り方を英語のまま何度も真似るんです。役者のクセを知るためにオリジナルの英語のセリフをそのまま模写してみる。そうすると少しずつ役者のリズムが身体に染み込んでくる。

 ・・・

 ・・・たとえばエディ・マーフィーが「Don't touch me!」というセリフを放つとします。その「ドンタッチミー!」という抑揚を真似して体に覚え込ませるんです。そのノリを日本語のセリフ「さわるんじゃねェ~!」にそのまま移植させる。そうすると俳優と吹き替えとの「一体感」が出てきます。結果的に映画の中での役者の細かな表情にもマッチするし、彼らの息遣いや勢いも殺さずに吹き替えられる。