勝ち方を変える

マイノリティデザインー弱さを生かせる社会をつくろう(ライツ社)

 ゆるスポーツの、前提条件を覆すという考え方は、なるほど!と驚きました。

 

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 ゆるスポーツは、次第にさまざまな企業を巻き込んでいきました。

 たとえば、面白法人カヤックと共同で開発した「ベビーバスケット」。・・・ブレストしながら、「ボールスピードを殺すような競技ができないか?」というコンセプトをもとに生まれたスポーツです。

 ベビーバスケで使用するボールにはセンサーとスピーカーが仕込まれていて、強い衝撃を検知すると「えーんえーん」と赤ちゃんのように泣き出します。ボールを泣かせてしまったら、容赦なく相手ボール。パスもそっとキャッチしなければならないし、ドリブルなんてもってのほか。

 すると、どんなにバスケがうまい人でもスピードを封じられるため、みんな平等に下手になります。むしろ、競技のうまい人ではなく、「母性のある人」のほうが有利になる仕組みです。

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 この競技、実はスポーツ用品メーカーのミズノも途中から加わり、ボールの開発に一役担ってくれました。そう、今までは主にスポーツ強者相手にビジネスをしてきた大手スポーツメーカーが、僕ら(スポーツ弱者)の仲間になってくれたんです。

「山が動いた!」。僕はうれしくてたまりませんでした。

 

 強者と弱者が一緒に楽しめるスポーツを考えようとすると、多くの人はこんなルールを決めがちです。「女性が得点を決めたら、点数を倍にしよう」。

 でも、ゆるスポーツは障害者やスポーツ弱者を「特別扱い」しません。あくまでフェアなルールを設計します。だって、そのほうが勝ったときにうれしいじゃないですか。

 これまでのスポーツには、「最強な人」しか生き残れる環境がありませんでした。・・・

「だれかを特別扱いしてハンデを用意する」という考え方は、マジョリティの社会からの目線にしかすぎない。

 そうじゃなくて、勝ち方すら変えればいいんじゃないか。

 既存のスポーツでは、「強い」「速い」「高い」人がヒエラルキーの上位にいます。でも、「母性がある」とか「這うのがうまい」とか、スポーツマイノリティの多様性に寄りそって、勝利のパターンをつくる。新しいルールをつくり、前提条件を覆られ、勝利のセオリーが機能しなくなると、スポーツは一気にカオスになります。

 つまり僕らは、社会という水槽の底に沈殿していたあらゆる偏見や固定観念を、ゆるスポーツというマドラーで、ぐるぐるかき混ぜはじめたんです。

 

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 ・・・「企画のあいうえお」という、そのプロジェクトは伝えたい人にちゃんと届くか?を最終点検できるフレームをご紹介します。

「あ=遊び心」「い=怒り」「う=疑い」「え=エール」「お=驚き」です。

 これは、僕自身がマイノリティデザインを考えるときに、正攻法で「正しく企画する」のではなく、「どうしたらそのアイデアに人が振り向いてくれるのか」を研究した結果、生まれたものです。

 視覚障害者アテンドロボット「NIN_NIN」を参考にしてみます。

 そもそもこの企画は、「なぜ視覚障害者は、勇気と度胸と勘で信号を渡らなくてはいけないのか」という「い=怒り」から始まっています。怒りは、現状を「う=疑う」きっかけになります。「これだけテクノロジーが発達しているのに、視覚障害者だけアナログ世界を生きているのはおかしくないか?」。そして、どうしてもこのピンチに着手したいと思ったのは、「目が見えない息子や、視覚障害のある友人たちの力になりたい」という思いがあったからでした。そこには、大切な人への「え=エール」があります。

 ・・・もっと企画に「お=驚き」がほしい。そこで、「ボディシェアリング」という身体機能をシェアするコンセプトを入れました。驚きが提供するのは「ナニソレ?」というハテナです。その先が知りたくなります。そして、視覚障害者と寝たきりの人が互いに目や足をシェアするという内容が伝われば「ナルホド!」と、納得が生まれる。こうして、福祉に無関心な層にも情報を届けていくことができます。

 実はここまで考えて、最後に残ったのが「あ=遊び心」でした。まだこの観点が少ない。そこで最後に加えたのが「忍者」というアイデアでした。

 なぜ企画に遊び心が必要か?それは、遊び心がないと、忙しい現代人はなかなか振り向いてくれないからです。

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 また、デザインの力で、「NIN_NIN」にはプリッとしたお尻も備わりました。一目見てもらうと、「お尻かわいい!」「さわらせてください!」と、このお尻が大人気。・・・

 あと、忍者なので「ニンニン!」と手を上下させる機能も備えています。プリッとしたお尻も「ニンニン!」もまったく「役に立たない」機能ですが、これが愛されるポイントになっています。

 これが、「企画のあいうえお」。この5つの要素が揃うことで、広く注目を集めつつ、持続可能な生態系を生む準備が整います。