プラシーボ効果の面白い実験のお話。へぇ〜と思いました。
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池谷 ・・・プラシーボについておもしろい実験があります。使うのはモルヒネとナロキソンという二つの薬物です。モルヒネは麻薬として有名ですが、実は、強力な鎮痛剤でもあるのです。末梢神経からきた痛みの伝導をブロックします。一方ナロキソンは逆の働きをします。モルヒネの作用を打ち消すのです。
中村 ナロキソンは麻薬中毒の治療に使うんですよね。
池谷 そうです。ナロキソンを打っておくと、モルヒネは効かなくなります。・・・さて、ここからがプラシーボ実験の話です。モルヒネのプラシーボ、つまり偽薬を投与します。ちなみに、プラシーボは、信頼している医者からもらわないと効きません。・・・さらに言えば、値段が高いほど効く(笑)。
中村 モルヒネのプラシーボを使ったとき、脳はどうなるんですか?
池谷 偽薬なのに、モルヒネと同じように、痛みの経路を遮断したのです。
中村 ということは、脳がそこに命令しているわけですよね。
池谷 その通りです。脳活動を見ても、モルヒネと同じ効き方をしていることがわかりました。
中村 副作用は出ないんですか?
池谷 出ますよ。プラシーボで出る有害作用をノシーボといいます。
中村 出るんだ!
池谷 今回の実験でおもしろいのは、ナロキソンの効果です。プラシーボの投与前に、ナロキソンを本人に内緒で投与しておくんです。すると、プラシーボ効果がナロキソンで消えたのです。
中村 それは不思議だ……。本人はナロキソンを投与されたことは知らないのに。
池谷 科学的に言えば、プラシーボはモルヒネと同じような方法で効くわけですから、ナロキソンがその効果を消すのは当たり前、とも言えるのですが、でもやっぱり不思議です。
中村 だってプラシーボは、いわば信念ですよね。
池谷 そうなんです。ただの暗示。その「信じる力」が、ナロキソンという化学分子で、失効されてしまう。やはり私には奇妙な感じが残ります。物質界と精神世界という、あまりにも質的に異なる両世界の接点が、ここに垣間見えるのですよ。