口笛のはなし、こんな世界もあったとは、初めて知ることばかりでした。
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―口笛の大会に初めて参加したのは、では、メキシコから帰国してからですか。
武田 そうです。第四回日本オープンくちぶえ音楽コンクールに初出場して準優勝しました。・・・
・・・
・・・二〇一〇年には中国の青島で第三七回国際口笛大会もありまして、ぼくは大学入りたての十八歳だったので、ティーンの部に出場して優勝しました。
―どんな曲を吹いたんですか?
武田 クラシック部門とポピュラー部門があって、クラシックはモンティの「チャルダッシュ」、ポピュラーはジャズスタンダードの「インディアナ」です。両方の部門で演奏しないと総合優勝できないことになっています。
―「チャルダッシュ」は超絶技巧の難曲として知られていて、・・・この優勝がきっかけで音楽大学に行こうとは思わなかったですか。
武田 音楽は趣味で、学業とは別だと考えていましたね。音大に口笛科があったら話は違ったかもしれませんが。大学はアメリカに行く準備をしていて、奨学金をもらうことが決まっていたんですよ。東京大学に入学したのは、どこまで本気かわかりませんが、親から「どこに行ってもいいけど東大に入れる学力だけはつけておけ」と言われていたので併願で受験していたからですね。
―東大は半年ほどで休学して、バーモント州のミドルベリー大学に行かれていますが、ここでは何を専攻していたんですか?
武田 ミドルベリー大はリベラルアーツカレッジといって、教養学部の三年次に専攻を決めるというシステムなんですね。ぼくは「インターナショナル&グローバルスタディーズ」という、地域と学問分野と言語を一つずつ選んで組み合わせるという専攻で、アフリカ地域と地理学とフランス語を学びました。ラテンアメリカはメキシコで見たから、次はアフリカだろうと考えたんですね。東大に入学してすぐ開発論の授業を取ったのですが、ほとんど出席せずテスト前にギリギリで教科書を読んでみたら、なんだこれは、おもしろいと思ったというのもあります。フランス語もやりたかったですし。
―ミドルベリー大時代に、アフリカにも留学されていますね。
武田 三年次をカメルーンの首都ヤウンデで過ごしました。・・・中央アフリカカトリック大学に通いました。
―カメルーンはフランス語と英語が公用語ですが、どちらですか?
武田 フランス語圏です。大学では人類学や政治学の授業に参加しました。フランス語を身につけたいということもありましたけど、それと同時にアフリカを生で体験したかった。勉強しに行ったというよりは、体験・経験しに行ったというほうが近いかもしれないです。
―アメリカとアフリカでの音楽体験はいかがでしたか?
武田 ミドルベリーでは一年の最初から同じ寮の人たちとジャズバンドをつくって、大学のレストランとかイベントで演奏したりしました。ダンスも始めて、スイングダンスやサルサなどいろいろ踊りましたね。・・・
・・・
カメルーンにはカメルーンの民族音楽がいくつもあって、そのダンスがすごくおもしろかった。とくにビクチという種類の音楽が気に入って、よく踊っていました。・・・生演奏をやっているバーなんかに行くと、一人だけアジア人がいるというので司会の人にステージに引っ張ってこられて、そこで踊ってみせると場が大いに沸くんです。また、街中を歩いていると見た目が違うからいろいろ人種差別的なヤジを飛ばされたりするんですが、それにおもしろおかしく応えると向こうも顔がぱっと明るくなる。たとえば「おう、ジャッキーチェン!」とか言われたら、「ノン、ブルースリー!」なんて返したりすると予想外の反応に笑ってくれるんですね。自分がいるだけで周りの人たちを笑顔にできるんだ、という嬉しさから、ぼくはエンターテイナーになろう、エンターテイナーであろう、とそのときに思いました。
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武田 最後に重音奏法(multiphonic)についてお話ししましょう。これはもう、最上級といっていいんじゃないでしょうか。
―二つの音を同時に出すんですか?
武田 そうです。同時に出す。だから口笛で和音が吹けちゃうんです。
―和音ですか!
武田 音楽的な興味がある読者もいると思うので具体的なお話をすると、短三度、長三度の和音が一番吹きやすいです。
―なんでだろう。
武田 わかんないですね。
―誰でも短三度、長三度ということですか。
武田 そうですね。
―人類共通?
武田 そうです。訓練すれば短二度から長六度ぐらいまで吹けるようになります。
―武田さんはできますか?
武田 重音は出ますよ(二音同時に出る)。
―わあ、ハモってる~。
武田 一人でハモれるんです。
―それとさきほどのグロウルを同時に全部やることはできますか?
武田 いやあ、できますけど。
―できるんですか?
武田 (三音同時に出る。)
―すごい。
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―武田さんが口笛に対してもっている大事な考え方で、この本でも繰り返し強調したいことなのですが、学生時代、メキシコの楽団で知り合ったバスの運転手さんみたいに、世界には素晴らしい口笛を吹く一般の人がたくさんいるけれど、だからといってそんな人たちがみんな交通費や参加費を払って世界大会に出場できるわけではない。口笛というのは本来、だれもがもっている楽器なのだから、インターネットにつながる環境があれば、世界中の誰でもどこからでも参加できるようにしたいと、そういうものこそ作りたいとおっしゃっていましたよね。それが偶然、コロナ下で実現したのですね。
武田 世界中を巻き込んだ悲劇であった一方で、新しいものが多く生まれるタイミングでもありましたね。
―大会の規模はどうでしたか。すでに口笛を吹く人たちのオンラインネットワークはあったようですが、どんな国からどのくらいの人数が参加されたのでしょう。
武田 これまでは世界大会といっても多くて一〇か国ほどだったのですが、GWCは初回大会で世界二三の国と地域から、一三〇人以上の応募がありました。規模としては世界最大で、それまでの口笛のコミュニティにまったく属していなかった人たちも大勢参加してくれました。
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武田 ・・・ヒールト・シャトルーは二〇〇四年、二〇〇五年、二〇〇八年とIWCで三度優勝して、・・・シルク・ドゥ・ソレイユのほかに、オーケストラと一緒に協奏曲を演奏したり、映画のサウンドトラックに参加したりしている。現代の口笛奏者の中でトップは誰かと聞かれれば、多くの人が彼の名前を挙げるでしょう。
―第二章でうかがいましたが、そんな素晴らしい口笛奏者に、オランダから帰国したばかりの高校生の武田さんは牛久で会って、オランダ語で話をなさったんですよね。武田さんからご覧になって、ヒールトさんはどんな口笛を吹く方ですか?
武田 非常に澄んでいて、軽快。かつ表情豊かです。父親が音楽学校を出ていて家族全員がバロックのリコーダーを吹く家庭で生まれ育って、一時期は教会の鐘、カリヨンの調律を仕事にしていたこともあったようです。
―繊細な聴力をおもちなんですね。
武田 しっかりとした音楽的なバックグラウンドがある口笛奏者です。クラシックからブルース、ポピュラーまでいろんな演奏をしています。
