髙橋秀実さんの髙の字、この本を読むまでこっちの髙だと気づいてませんでした(;^_^A
へぇ~がいっぱいで、面白かったです。
P20
・・・私もよく使うフレーズなのだが、『大辞林 第三版』(三省堂 二〇〇六年)などは「幼少」について、こう記している。
自分のことについては用いず、偉人・貴人について用いる
つまり「私が幼少の頃は」は間違い。校正者としては「幼少」に✕を入れて、「本来使えません」と指摘することもできるが、今や誰であろうと「幼少」は使われるようになっており、誤用の域を脱しているので指摘すべきではない。現時点で普通か否かを判断するのが校正であり、となると校正者に求められるのは普通の人であることなのだ。
普通か……。
私は溜め息をついた。・・・
P26
あらためて反省するに、文章を誤るのは思い込みが原因である。・・・先日もこんなことがあった。私が書いたのは次の文章―。
「一切皆空」
ふと思い浮かんだのは『般若心経』の一節である。すべては空。空ゆえに実体は無いし、自他の区別も無く、「空」さえも無い。
わりかし名文ではないかと思いつつ、妻に校正してもらったところ、いきなりこう指摘された。
「そんなフレーズ、御経にはないわよ」
・・・
―そんなわけない。
私はそう言い切った。・・・なにしろ私は『般若心経』の全文をほぼ暗記しているし、書くにあたって、あらためて経文を指で追いながら「ほら、ここに」と言おうとしたのだが、何度繰り返しても「一切皆空」は出てこなかった。
「それ、『一切苦厄』じゃないの?」
妻にそう指摘され、私は「いや、そんなはずは」と首を傾げ、もう一度、経文を読み返した。
「『苦』を『空』だと思ったんじゃないの?」
・・・
―なんでだろうか……。
私がつぶやくと彼女がこう言った。
「あなたは苦しみから逃れたいのよ」
―いや、そんなことは……。
「煩わしいことを避けたいだけでしょ」
そうかもしれん、と私はうなずいた。すべて「空」なら楽。苦も「空」にして、全部「空」に統一したほうが理解も楽。物事は違うより同じほうが楽で、楽したくて全部同じ「空」に見えてしまったのだ。結局、私は「やっぱり写経しないとダメだね」とわかったふうな口をきき、この一節をすべて削除した。彼女のおかげで失態を免れたのである。
人は見たいものを見る。文字も見たいように読んでいる。人一倍その傾向が強い私は校正に向かないのだろうか。
P39
正しい指摘とは何か。
境田さんの話を聞きながら、私は考えさせられた。「校正」というくらいなので、正しい方向に導くことなのだろうが、そもそも「正しい」とは一体、何なのだろうか。どういうことを「正しい」というのだろうか。
・・・確認してみたくなり、あらためて辞書を引いてみた。すると「ただしい」とは元来、「ただし」であり、手元にある『新訂 大言海』(前出)にはこう語釈されていた。
アリノママナリ。
私は瞠目した。「ただしい」とは、ありのままということなのか。複数の古語辞典を調べてみたのだが、「ただしい」の「ただ」は実は「直」や「唯」などの「ただ」と同根らしい。それゆえ正義というニュアンスではなく、次のようなことを意味するそうだ。
空間的には、直接に、じかにの意、時間的には、すぐに、ただちにの意となる。
(『古典基礎語辞典』角川学芸出版 二〇一一年)
間に何も介在しないということ。虚飾や解釈を抜き、「じかに」「すぐに」直結することを「ただしい」というわけで、だから「アリノママ」なのだ。
P109
私たちは小学校一年生で漢字には音読みと訓読みがあると学ぶ。・・・
訓読み=意味と割り切ればよいのかもしれないが、「菊」のような漢字もある。「菊」は訓読みで「きく」のようだが、漢和辞典で調べてみると実は音読みで「キク」なのだ。皇室の紋章でもある「菊」を中国語音で読んでいるわけで、訓読みでは「かわらよもぎ」(『新潮日本語漢字辞典』新潮社 二〇〇七年)と読んでいたらしく、訓読みするとかえって意味不明になってしまうのである。・・・
P208
校正といえば、その対象は文章だと思い込んでいたのだが、校正は文章に限らない。・・・分子生物学の教科書を読むと、必ず「校正(proofreading)」について言及されている。・・・そう、人間は細胞レベルでも校正されているのだ。
私たちの体は約三七兆個の細胞からできているという。・・・分裂のたびに細胞の核内にある遺伝物質、DNA(デオキシリボ核酸)も複製されていく。
・・・人体には合計約七四兆メートルのDNAがあり、それが日々、複製されている。複製は「精度が高く校正機能もあって、コピーの誤りを防ぐようにできている」・・・
・・・
・・・「DNAポリメラーゼ」というたんぱく質が塩基のペアの間違いを校正するらしい。
たった今合成したばかりのDNA部分を消化し、その後に、2回目の合成では誤りのないより良い結果が起きることを願って、この部分を再度コピーし直す
(Robert A.Weinberg著『ワインバーグ がんの生物学』武藤誠、青木正博訳 南江堂 二〇〇八年)
DNAポリメラーゼは誤りを訂正し、「願い」を込めて合成し直すという。校正ミスが癌の原因になったりするので、気持ちも入るらしい。なんでも「過ちを改める勇気」(坂木順司著『基礎分子遺伝学・ゲノム科学』裳華房 二〇一八年)も伴うそうで、その姿勢はまるで校正者なのである。
・・・
「ハマらない時は弾くんですが、時折、弾けずに、つないでしまうことがある。そこで違和感を覚えるんでしょうね、ハメてしまったところまで戻って、結合をやり直すんです」
感心するように解説したのは東京理科大学教授の武村政春さんだ。
―やり直すんですか?
思わず私は問い返した。DNAの複製は方向が決まっており、一方向にしか進めないはずだが、DNAポリメラーゼはそれに逆行するという。本当に意志を持つかのようで、校正者は時を遡るということなのだろうか。
「ところがそれでもミスは出るんです。そこで、できあがったDNAを読み返して、間違っている部分を切除したりする。『ミスマッチ修復』と呼ばれており、これは文章の校正みたいなものですね」
その作業は新幹線の線路を点検する新幹線「ドクターイエロー」にも似ている、と武村さんは言う。・・・
・・・
・・・DNAポリメラーゼには様々な種類があるらしい。受けた傷害をそのまま単純に元に戻す「直接修復型ポリメラーゼ」や、塩基を除去して置き換える「除去修復型ポリメラーゼ」。修復中に違和感から複製作業が止まってしまうこともあるそうだが、そういう場合は「損傷乗り越え型ポリメラーゼ」が働くそうである。
「例えば『損傷乗り越え型ポリメラーゼ』は鈍感なんです」
―鈍感?
「損傷があっても『大体、こんな感じ?』というノリで複製しちゃうんです。正確に複製するには敏感にチェックしなければいけませんが、敏感なだけでは修復はできません。違いをあまり気にせず、先へ進んでいくポリメラーゼも必要なんです」
何やら人間社会のようである。・・・
