不思議な読み心地のエッセイでした。
P28
引越しするわけでもないのに、家具のすべてを捨てたことがある。
おおきなテーブルも、エメラルドグリーンのソファーも、ポールハンガーも、カラーボックスも、ベッドも、マットレスも、その他もろもろ捨てた。
どうしてそんなことをしたのかというと、記憶を消し去りたかったからである。
人生はときに、力業である。
唯一捨てなかったのは、実家から持ってきた20インチのテレビと、実家を出るときに親が買ってくれたニトリのスチールラック。
いっそのこと捨てようかとも思ったのだけれど、両親が、幼い私のために家電量販店で「これをください」と店員さんに言っている姿や、実家を出る私のためにニトリでカートを押しながら「これいいね」と選んでいる姿を想像してしまって、そのふたつだけはどうしても捨てられなかった。
床に直置きされたテレビと、スチールラックだけが残されたワンルームに、私はバスタオルを敷いて眠った。
背中はいたいし、フローリングはつめたいし、どれだけ暖房をつよくしても、なんだかさむくて、ぶるぶるふるえて、くやしくて、変な声ですこし泣いたけれど、それでも私の住み慣れた部屋は、きちんとはじまりのたたずまいをしていた。
P32
消えたいと思ったけれど、死ぬのは面倒くさくてたまらないから、できることなら森のにおいのする緑色のバブになって、家の浴槽で、泡となり、緑色のお湯となり、最後は円を描きながらするすると何処かへ流れたいと思った。それはもう願うように、祈るように、思っていた。しかし、そううまくはいかないもので、私はじりじり生きていた。しつこくたしかに生きていた。
それから一年以上が経ち、貯金は半分以下になった。
この金が尽きるまでになにか仕事を探さねばならない。・・・それはわかる。しかし、わかるからできる、ということはない。わかる、されど却下、ということもある。私としては緑色のバブになりたいと本気で祈ったのに、生きのびるために働くというのは、癪だった。
それからは胸の奥にひきこもっているホウプに、何日も、何ヶ月も、
「君のやりたいことを言ってごらんよ」「君の光とは歓びとはズバリなんだい」としつこく話しかけた。
ホウプは口をひらかなかった。
呆れているようにも、疲れているようにも、諦めているようにも、聞いてほしそうにも見えた。
ホウプをいないものとして無視してきたのは私だ。こんなふうに喋るのが苦手になってしまったのも、私のせいである。こんなときばかり意見を求めるなんて都合がよすぎるのかもしれない。
私は貯金が底をつくギリギリまで、毎日ホウプに話しかけた。時間はたくさんあったから。
ようやっとホウプが口をひらいたとき、私は二十四歳になっていた。
「書きたい」
ホウプは目も合わさずにちいさな声で言った。
私は驚いて、一体なにを書きたいのか聞いてみると、
「自分のことばというものを、書きたい」こんどはおおきな声でそう叫んだ。
私は、「いくらなんでも、それは、無理なんじゃないの」とか「君がそう言うのなら仕方ないのかな」とか「自分のことばってつまりそれどういう意味」とか言いながら、泣いた。自分自身がこぼれ落ちてしまうんじゃないかと不安になるほど、豪快に泣いた。
二十五歳の春。私は自費出版で本をつくり、これをもって、あの日の札束は姿を消した。
P166
ときどき、すごくやる気がなくなる。
そういうときは「生きたくなるセット」をためしてみる。
無数に立ち並ぶ駅ビルグルメを横目に、ニューアストリアという喫茶店の前でたちどまる。平日の十五時ぐらいに行けば、並ばずに入ることができるだろう。
こぢんまりとした喫茶店の中で、初老の男性たちが白いポロシャツに、おそろいのデニム生地のエプロンをつけ、心地よいリズムで働いている。
丸い頭に丸い眼鏡をかけたひと、黒髪に銀縁の眼鏡をかけた紺色ベストのひと、第一ボタンを開けた姿勢のよいひと、きれいな白髪頭にカーキ色のベストを着たひとなど、みなさん個性が光っているのもよい。
和気藹々、という雰囲気でもない。
たんたんと、調子よく、あたりまえの労働を、きもちよくやっている。
そこにあるのはプロの迫力ではなく、労働の健やかさだ。
注文するのはカツサンドA(野菜入り)とミックスジュース。
こんがりトーストされた薄切りの食パンに、上から、あざやかなレタス、きれいに並んだトマト、たっぷりの甘いたまねぎ、揚げたてのヒレカツである。
ひとくちサイズに切られたサンドが、崩れてしまわないように、つまようじをすーとさす。右手でつまようじをつまみ、左手で下をささえ、口まで運ぶ。
もちろんひとくちで、頬張るように食べるべきであると私は思う。
やわらかなヒレカツからじゅわーっと肉汁が溢れて、たまねぎはほどよく食感をのこし、トマトは後味をさっぱりさせて、噛むほどに感動が押し寄せる。
落ちついてきたところで、ミックスジュースをきゅっとのむと、桃やりんご、バナナ、牛乳の味わいが私をほろほろとろけさせる。
もし天国があるならば、こういう健やかでささやかな場所がいい。
お代を払い、生きたくなるセットを完成させにいく。
万博公園は民族学博物館や、サイクルボート、日本庭園などたくさんのおもしろいものに溢れているが、それらには目もくれず、私は太陽の塔のできるだけ近くへいく。
そして見上げる。ちょっと拝む。
それから周りをすこし歩いて、いろんな角度から太陽の塔をじっと見つめる。
その間、心のなかは無である。からっぽ、というのとは違くて、心には無が満ちていて、それ以外はもう入る隙間がないという感じである。誰の顔も浮かばない。無からは感謝も懺悔も生まれない。無とは命である、ということを急に思うのだけれど、それがどういう意味なんだかすぐにわからなくなる。気がつけば、夜になっていて、私は生きたくなっている。
