こんなにお元気な方もいらっしゃるのだなと驚きました。
P59
私の歯の質はきっとDNAの上で丈夫なのでしょう。若いころからきちんとした手入れをしていないし、キャラメルを20粒も食べて磨かずに寝るような乱暴なこともしてきたわりには、まともな歯を持っているとずっと思っていたのでした。
しかし、50代に堅い塩せんべいをバリバリ噛んで奥歯を1本駄目にし、その後大きなキャラメルを食べ続けてさらに1本駄目にして、60代に合計2本の入れ歯になってしまいました。
入れ歯になったときは自分でも意外だったのですが喪失感を感じました。特にはずして洗うたびに、こういうものの厄介になっているのかと思い、むき出しの入れ歯を人前にさらすことはしたくない、と思うのでした、そうして、これ以上自前の歯を失うまい、無茶はするまいと、柄にもなく反省したものです。
ところが、親知らずのほうは、根が2本ある珍しいタイプだとかで、虫歯になって抜いたところ、それまで押さえられていた歯が生えてきて、医者も本人も驚きました、それも還暦のころから生え始めたのです。
そもそも親から独立する20歳ごろから生えることから名前がついた歯ですが、まさに親と死に別れた後に生えてくるとは、長寿時代にふさわしいではありませんか。
私は時代とともに生きているのだと屁理屈をつけて、これをネタにエッセイを1本書いたものです。
入れ歯は自分の歯並びにきちんと合っていないと気分が悪いし、口の動かし方や話し方まで変わってしまうから、年をとったら相性のいい歯医者さんを探すことが大切です。
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歯に限らず、医療機関の適切な利用の仕方、付き合い方、情報の仕入れ方、というのも老いへの重要なパスポートだとつくづく思うのです。
その後は、ありがたいことにそれ以上の歯を失うことなく、90歳の今でも自前の歯でおいしくいただいています。
P99
どこに住むかは、要介護になったとき、誰に看てもらうかということと密接な関係があり、国や社会全体の福祉サービスとの相関関係で決まると言ってもいいでしょう。
私たち「高齢社会をよくする女性の会」では、ある時期、中流の人々のひとつの選択として、消費者としての選択能力を高めるため、「有料老人ホーム研究会」をつくって勉強を重ねてきました。自ら入居者となる会員も出て、直接本音のアドバイスも聞きました。
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有料老人ホームのタイプもさまざまなのでいちがいには言えませんが、転居するタイミングが難しい。元気なうちはまだまだと思うし、気力がなくなると引っ越しもままならない。入居する「適齢期」と「適性」の問題があると思います。
「適性」について言えば、入居者、ホーム側双方の人に聞いたところ、「周りに細かく気をつかう人」でも「協調性のある人」でもなく、「余分な気をつかわずマイペースの人」「ひとりでも楽しめる人」という答えが返ってきました。
「ひとり」であると同時に「みんな」で生きているというバランス感覚は、有料老人ホームに入る入らないに関係なく必要なことだということなのですね。
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集団生活なのだから、一定のルールは守りつつ他人の言動に左右されない。無関心を装って「私は私」とマイペースで生きることが求められるようです。
P173
母はまた、家族以外の働く女性を間接的に励ましていたことをずっとあとになって知りました。ある日、大手メディアを定年退職してボランティア活動をしている女性から、彼女の仕事の成果である立派な書籍と手紙を受け取ったのです。
そのNさんという女性は、私の連れ合いと同じ社に勤め、連れ合いはNさんの直属上司でした。男女雇用機会均等法も育児休業法もまだ影さえ見えない1970年代、Nさんは妊娠しました。連れ合いはNさんが提出した辞表を受理せず「なんとかならないかな」「保育園を考えたら?」「職場は説得する」と励ましたそうです。
その後、私も取材や原稿依頼を受ける立場でNさんと知り合いました。Nさんは出産退職を思いとどまり、ゼロ歳児の母として働いていました。張りつめた表情のNさんに私は「どうにもならないときがあったら、うちで母がみてくれると思うわ」と言ったのです。
Nさんは30年間それを覚えていて「切羽つまったときに駆け込める場がある、と思えるだけで気丈になれました」と書き送ってくださった。・・・
・・・Nさんからの手紙は、ついに定年まで勤め上げたお礼状でした。
乳児を抱えて仕事と子育ての両立に苦闘中のNさんのことを私はうわさ話として母に話しました。そのとき母はこともなげに言ったのです。
「あーら、困ったら赤ちゃんをうちへ連れていらっしゃいって言っておあげなさいよ。うちはもう手がかからないし、私がみてあげるわよ」
こんなとき母は絶対に「母親がやめればいいのに」とは言いませんでした。他人の子を預かることの困難さを言い立てて逃げ腰になったりしないひと、他人の役に立つことをうれしいと思うひとでした。
