養老先生、再び病院へ行く

養老先生、再び病院へ行く

 養老孟司さんの考え方、参考になるなーと思いつつ読みました。

 

P17

 病気は自然現象である。これを敵視する人は意外に多い。自然は敵でも味方でもなく中立なのに、都会人は得てして病を敵とみなす。人間社会に埋没している人ほど、その傾向が強い。

 ・・・

 病気とは、人間の問題に自然が勝手に介入してくることである。それで人間のことしか考えていない政治家は錯乱するのであろう。そんな予定はない、というわけである。病気と死はつきものだが、どちらも基本的には人力及び難しである。秦の始皇帝が最後に不老不死の妙薬を探したのは、政治家としてむしろ当然であろう。

 日常の病気には、そういう大げさな話は出てこない。ささやかな日常が壊れるだけの話である。この体験をどう生かすか、それがいちばん大切なことかもしれない。現代社会、とくに都会の日常は、日常自体の継続がその日常を破壊するという、一種の自己矛盾の問題になって来ている。だからSDGs(持続可能な開発目標)であり、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)なのである。日常を考え直すのは簡単ではない。病気がその契機になれば幸いというべきだろう。

 

P57

 養老先生は病院嫌いであるだけでなく、健康にも関心がありません。というか、本人が「健康という概念そのものがよくわからない」と言っているくらいです。・・・

 ・・・

 養老先生の医療との関わり方を見ていると、抜け道の達人だと思います。入院しているときは、素直な優等生の患者で、病棟でこっそりタバコを吸うということもされませんでした。でも死の危機を乗り越えた後は、また元の世界に戻ってタバコも吸われるようになりました。これはまさに抜け道でしょう。

 医療には近づかないと言いつつ、必要であれば医療をうまく利用し、目的を果たしたら、再び医療との距離をとる。すばらしい生き方だと思います。

 

P90

 僕が子どもの頃は、いつも川で魚を捕って遊んでいました。水に入ると冷たいですし、風が吹いたり、カワセミが飛んでいたりします。自然の中にいると、さまざまな感覚の働きに気を取られて、あれこれ考えることがなくなります。

 だから、今の子どもたちも、もう少し自然寄りに暮らしたほうがいいのではないかと思っています。

 子どもも大人もですが、人は自然に接する時間をつくると、他人の顔色をうかがう必要がありません。薪割りとか畑仕事とか何らかの作業をしていると、そんなことを考えなくてもよくなるのです。

 他人にどう見られているかというのは、意外に重たいものです。逆に五感をフルに働かせると、意識のほうが遠慮しますから、感覚が優位になっていきます。自然を相手にしていると、計画通りにしようと思っても、できないことがあることを学びます。

 だから子育ても計画してやらないほうがよいのです。子どもなんてどうなるかわかりませんから、シミュレーションして計画通りに育てて、ある種の結果を出すみたいなことは、本来、子育てではできないことです。

 自然にしておくことで、知らず知らずのうちに、1つの枠にとらわれない考え方が育っていくと思うのですが、いかがでしょうか。

 

P195

中川 阿川さんも虫がお好きなんですか?

阿川 私は小さい頃は、虫めづる姫と言われるくらい虫を追っかけていたんです。でも、養老先生の前で申し上げるほどの知識は何もございません。

中川 でもミジンコを飼われているんですよね。

阿川 ミジンコの出産の瞬間も見たことがありますよ。

養老 最近、ミジンコが減ったでしょ。確実に減ったはずですよ。

阿川 そうそう。水辺で、透明な容器に水をすくって観察しようとしても、いないんですよ。

養老 水生昆虫がほとんどいなくなっているから、小さいゲンゴロウもいなくなった。その話をすると、必ず「なんで?」と聞かれるんですけど、はっきりとした原因はわからないんですよ。

阿川 虫もいなくなりましたよね。

養老 虫はね。世界中で8割から9割いなくなったと言われている。

阿川 子どもの頃、夏に軽井沢に行くと、夜になるとガラス戸が蛾の品評会みたいだったのが、今は2~3匹しかいないんです。本当に少なくなりました。

養老 最近『サイレントアース』という本が出たんですが、それによると世界中で虫が減っているんです。世界中の虫好きが集まって、ZOOMで週に1回会議をやっているんだけど、その話題の中心は世界中で虫がいなくなったということ。おそらく、水に化学肥料や除草剤、殺虫剤なんかが流れ込むのが原因と思われるんですけど。化学物質が原因であることを証明しようとすると、大変なコストがかかるから今のところエビデンスはありませんが、少なくとももともとなかった化学物質を自然の中に放り込むようなことは、やめるべきだと僕は思っています。

 それと医者が薬を処方するのはよく似ているような気がします。人間の体も自然ですから、それに対して、化学物質を放り込んで何が起こるかは、本当のところまだよくわかっていない。

阿川 対症療法として、その薬が効くということはわかっているんですよね。だから病気を治すという正義がありますよね。でも、それによって、自然がどういうふうに壊れていくかまでは、まだ人間は見えていないところがいっぱいあるような気がします。

養老 ぼくは医学に文句があるわけじゃないけどね。

中川 いや、養老先生は文句があるでしょう。

養老 いや、全体の問題なんですよ。基本的な近代医学の前提の問題。

阿川 人間が一番えらいという考え方は西洋から来たのでしょうか。生物の中で人間が一番優秀であると。

中川 優秀というか、聖書に書いてありますよ。神様が動物の中で人間をトップにしたと。

阿川 そういう考えは東洋思想には?

中川 もちろんないですね。むしろ仏教的というか。

養老 山川草木悉有仏性(存在するすべてのものに仏性が宿るという考え方)ですからね。