レ・ロマネスクTOBIのひどい目。

レ・ロマネスク TOBIのひどい目。

 こんなことある?ということがたて続く、怒涛のエピソードの数々、ページをめくる手が止まらなくなりました。

 これは一度読まないともったいないような・・・以下、ややネタバレっぽくなってしまいますが、ここでは起きたことの中身は話されてないので、これを見てから読んでも、新鮮さは損なわれないと思います。

 

P318

―新卒で就職した会社を皮切りに、勤務先が次々と倒産していったことは、これまでうかがったさまざまな「ひどい目」のお話の中に、たびたび出てきましたよね。

TOBI はい。

―ついたあだ名が、倒産請負人……。

TOBI それは、あなたがつけたあだ名でしょ。

―思うに、TOBIさんが見舞われてきた「ひどい目」の根源、おおもとには、「勤めた会社が次々に潰れていった」という不運の連鎖が……。

TOBI 陰に陽に、作用していたと思います。

―ですよね。勤めた会社さえ潰れなければ、パリで銀行強盗に拳銃をつきつけられることもなかったし。

TOBI 大西洋の真ん中で漂流することも、部屋中に汚水が溢れてゾンビ化することも、さかのぼって、空き巣と生活をともにすることもなかったでしょう。

―つまり、決して派手派手しさはないけど、TOBIさんの人生にじわじわ「ひどい目」をもたらしていったすべての元凶……それが倒産スパイラル。

 ・・・

 しかし、世にも稀なる「ひどい目」人生の幕開けとなった会社の名が、トレジャー・アイランド……宝の島だとは。

TOBI のちの展開を考えると「どこが宝の島なのかな」と思ったことも一度や二度ではありません。トレジャー・アイランドの倒産を皮切りに、多くの「ひどい目」に見舞われましたが、でもこうして、めぐりめぐって「ひどい目」で取材してもらっていますし、やっぱり「宝の島」だったのかも。

 ・・・

 ・・・代々木から参宮橋へ向かう途中に小田急の高架があるんですが、当時、そこを越えてすぐのビルの2階にトレジャー・アイランドはありました。

 ・・・

 あれは……新社会人もすっかり抜け、5月病にかかるヒマもないほど、日々に忙殺されていた、6月の梅雨どき。もう、何日も何日も雨降りだったんですが、なぜかその日だけは晴れ、ちょっと蒸し暑いくらいの、水曜の朝。

 ・・・

 高架下の暗がりの中から、白い服を着た、まるで亡霊のような女性が、フラフラ……と……あらわれたんですよ。

―ほう……。

TOBI すっかり魂の抜けたような雰囲気で、足取りもおぼつかず、何だかうわ言をつぶやきながらこちらへ歩いてくるんです。よく見るとその人は社長秘書のシライさんでした。

 ・・・

 その、あまりの異様なようすに、ぼくは声をかけられずにいたんですが、シライさん、すれちがうときにブツブツとこうつぶやいていたんです。「会社がない……会社がない……会社がないのよ……はは、ははは……」

―ない?

TOBI ぼくは、シライさんが、どうにかなってしまったんだと思い、会社への道を急ぎました。

 ・・・ビルにたどり着き、・・・「大変だ、みんな、シライさんが!」と叫ぼうとしたら……。

―ええ。

TOBI 目の前には、何にもなかった……いや、何もない空っぽの空間が、あった。

―つまり。

TOBI 亡霊と化したシライさんの言うとおり、トレジャー・アイランドが、跡形もなく消え去っていたんです。

 ・・・

―最初の倒産は、夜逃げのスタイル……。

TOBI そのとき生まれてはじめて夜逃げの現場を目の当たりにしたわけですが、「もぬけの殻」とは、まさにあのこと。

 ・・・

 4月のあたまに入社して、夜逃げが6月の末の出来事ですから、3ヶ月で職を失ったんですよ?預貯金もまったくありませんでしたし、なんだか、丸裸で大海原を漂流するような心細さでした。

―数年後、実際に大西洋で漂流しますがね。ほとんど丸裸の状態で。でもそうか、お給料と言っても、まだ1回か2回、もらっただけだから。

TOBI それが、もらってないんです。

―ええっ、一度も?

TOBI はい。

―入社して、いきなり給料滞納?

TOBI そうです。

―それ思いっきり前触れじゃないですか。夜逃げの。

TOBI いま思えばね。「正社員として雇う手続きが整うまで、ちょっと待って」という社長の言葉を信じていたんです。

―入社から3ヶ月間……タダばたらきとは。

TOBI 社会に出るのははじめてでしたから、4月にはたらいた分が6月の末くらいに入るっていうのは、まあ、そういうことなのかな、社会ではたらくって厳しいんだなあって思っていたんです。ともあれ、そのようなわけで、ただの一度もお給料をもらわないうちに、最初の会社がなくなったんです。

―こうして「倒産スパイラル」が……。

TOBI 静かに、回転しはじめたのです。

―その後の「倒産状況」を、ざっと教えていただけませんでしょうか。

TOBI いいでしょう。まず、ふたつめの仕事は、化粧品販売の「ワゴンDJ」でした。

―DJ……ってディスク・ジョッキーのこと?

TOBI 郊外のショッピングモールのエスカレーターの前などに派遣されて、化粧品のワゴン脇に陣取り、「ただいまより、タイムセェェェール!奥さん、いまだけ!いまだけですよ!落ちない口紅、ふだん1500円のところいまなら特別価格、たったの1000円!さらに、口紅の試供品をふたつおつけします!」みたいなことを、あれこれと身振り手振りを交えながらマイクで叫ぶ係です。

―それって「DJ」なんですか。

TOBI そうやって呼ばれるんです。BGMとかマイク・パフォーマンスはすべて任されているし、うまいことお客さんがノッてくれたら次の指名が掛かるので、いわゆる「DJ」と同じ感なんです。相手は全員、おばちゃんですけど。

―世の中には、まだまだ知らない仕事があるなあ!

TOBI 半年くらい続けていたら、東北や北陸に泊りがけで呼ばれたり、DJとして徐々に人気も出てきたんですが。

―才能あったんだ。

TOBI 大崎にあった派遣元の会社が潰れました。

 ・・・

 そこでこんどは、2週間の研修を経て、ツアコンとして尾瀬を案内しはじめた矢先にバスツアー会社が倒産し、パソコン本の編集部に潜り込んだと思ったら、社長が朝礼で「明日で会社を潰す」と。

―ある意味……順調に。

TOBI 坂道を転がるように。その後は、おじさま向けフーゾク店のもぎたて情報紙の三行広告を取る仕事、ベランダのラン栽培専門の温室製作業、葬儀専門の花屋、牛乳しか飲めない下戸の極道さんが2000万くらい「集金」した帰りに寄っていくバーのバーテン、出版社の下請け会社で芸能ゴシップの裏取り、冷たい地下室で半透明のビニールシートを50センチ四方の正方形にえんえんカッティングする不気味な仕事……。

 ・・・

 ・・・入る前に倒産するケースもありました。吉田日出子さん、笹野高史さん、小日向文世さんなどがいらっしゃった劇団の劇団員の試験を受けてみたところ合格してしまったのですが、一週間くらい後に何気なくテレビをつけたら、「オンシアター自由劇場が解散」というニュースが流れて、「えっ?」と。

 ・・・

 ・・・

 そのとき・・・小日向文世さんから、ぼく宛にメッセージが届いたんですよ。

 ・・・

「絶対あなたは役者を続けたほうがいい。劇団は解散しますが、今後も、あきらめずにがんばって」と。

―小日向さんから?すごいじゃないですか!

TOBI でも、そのときにはすでに劇団はなかった。

 ・・・

―ここで、これまでの「ひどい目」を時系列に並べてみましょう。まず、M社長の夜逃げのあと、激しい倒産スパイラルの真っ只中に、北海道の牧場であたたかい牛のフンを全身に浴びる。

TOBI はい。

―練馬の古本屋さんではたらいていたら、4億円を盗んだ大泥棒が知らぬ間にアパートに住みついていた。

TOBI ええ。

―そして、すべてがイヤになり、人生のリセットボタンを押すつもりでパリへと旅立ったら、銀行強盗に拳銃2丁をつきつけられて、地下鉄でカツアゲに遭った挙句、ギャング団どうしの抗争に巻き込まれテレビの緊急ニュースに映った。

TOBI そうです。

―亡命ロシア人から借りた部屋からは盗聴器が出てきたり、上の階の汚水が部屋中に溢れ出して、生ける屍と化したり。

TOBI そんなこともありましたね。

―で、そうこうするうちに、渡仏前に練馬で捨てたはずの「衣装」が船便でパリに届いて……。

TOBI レ・ロマネスクが、誕生したんです。

―そして、その後も豪華クルーザーで大西洋を漂流するなど、ある意味「順調」に。

 ・・・

 ・・・

―いつしか見舞われなくなっていたんですよね。「ひどい目」に。

TOBI ええ。

―いったい、どうしたんですか。あれだけ次から次へと見舞われてきた「ひどい目」じゃないですか。

 

P368

―TOBIさんがピエールさんから学んだことって、いろいろあると思います。そのなかで、いちばん大きなものは何ですか。

TOBI 人生は川を流れるコルクのようなもの、という考え方かな。

―川を流れる……コルク?

TOBI つまり「人生というものは、激流にもみくちゃにされることもあれば、淀みにとどまって前に進まないこともある。でも最後は、誰しも大きな海にたどり着く。結局、同じことなんだよ」って、いつも言ってたんです。

 ・・・

 ・・・名刺に「旅人」と書いていたピエールの、ひとつの人生哲学だったんだと思います。ぼくは、その考えに、いちばん影響を受けたと思います。

―TOBIさんを見ていると、なんとなくわかります。

TOBI そして……いつしか「ひどい目」にも遭わなくなっていたんです。ピエールと出会ってから、ぱったりと。