リーダーの在り方

ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと

共同所有とは実際どういう感じなのか…ビッグ・マンの存在…興味深い文化だなーと思いました。

 

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 プナン語には、「貸す/借りる」という言葉がそもそもなかったということについては、すでに述べたとおりである。貸したり借りたりすることは、文化の様式に他ならない。プナンは、肉であれ果物であれ帽子であれ時計であれ、何かものを欲する時には「ちょうだい」という言い回しを用いる。その時、そのものは、それを持たない相手に対して、惜しみなく分け与えられなければならない。寛大さはプナンにとって最大の美徳である。ものを欲した側は、分け与えられることは至極当然であるとして、ふつうは何の言葉も返さない。場合によっては、「よい心がけだ」という言葉を返すことがある。その言い回しは、感謝を伝える「ありがとう」とは、意味として本質的に異なる。「よい心がけだ」という言い回しでは、ものを惜しみなく分与した寛大な心が褒め称えられることになる。ものを分け与えられた側は、それ以降にそれを誰かにねだられた場合、やはり惜しみなく分け与えることが期待される。ものは、それが目新しく魅力的であればあるほど、他の誰かの羨望の的となり、ねだられる傾向になる。そのようにして、ものは共同体内でぐるぐると循環し、場合によっては共同体の外部に流れていく。

 ・・・プナンは、独占しようとする欲望を集合的に認めない。分け与えられたものは独り占めするのではなく、周囲にも分配するように方向づける。・・・

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 プナンの贈与交換の仕組みの中で特筆すべきなのは、寛大な贈与精神の最も重要な体現者が「大きな男(lake jaau)」つまりビッグ・マンであった。共同体の中で最もみすぼらしいなりをした男こそが、そのグループのアド・ホックな(一時的な)リーダーなのである。なぜなら、彼は自らに贈与された財やお金を次から次へと周囲の人物に分け与えるため、自らは何も持たなくなってしまうからである。彼が人々から尊敬の的とされるのは、自らが贈与交換の通過点となり、ほとんど何も持たないからである。彼は、贈与されたものを、惜しみなく周囲にいる人々に与える。そして、尊敬を集めることによって、財やお金がますます彼のもとに集まってくる。すると、彼は以前にもまして、ますます周囲に分け与えるのである。

 プナン社会では、財やお金を蓄積し、私腹を肥やしたり、それらを自らのためだけに用立てたりしようとしない精神こそが尊ばれる。逆に言えば、財を独り占めしようとする精神性は蔑まれ、疎んじられる。・・・

 ・・・自らを贈与交換の通過点とせずに、自らのもとでその流れを断ち切ろうとするビッグ・マンから、人々は精神的・物理的に離れていく。その時、ビッグ・マンはもはやビッグ・マンではなくなり始める。

 個人的に所有することの芽生えが仄見えた瞬間に、・・・彼の言うことに耳を傾けていた人々は・・・その場から黙って逃げ出すのだ。するとビッグ・マンは・・・自らの姿勢を見つめ直すことになる。・・・