印象に残った、「ブリフ、ブルフ、ブラフ」というお話です。
P42
男の子がふたり、中庭で遊んでいます。話していることがほかの人にわからないように、ふたりだけに通じる特別なことばを作り出そうとしています。
「ブリフ、ブラフ」ひとりの子が言いました。
「ブラフ、ブルフ」もうひとりの子が答えました。ふたりは、吹き出して大笑いしました。
二階のバルコニーでは、優しいおじいさんが新聞を読んでいました。その向かいの窓からは、特に優しくも意地悪でもないおばあさんが外を眺めていました。
「なんてお馬鹿さんなんでしょう、あの子たちったら」おばあさんは、そうつぶやきました。
しかし、おじいさんはそうは思いませんでした。
「そうですかな」
「あの子たちのおしゃべり、おわかりになったわけではないでしょ?」
「いいえ、私にはあの子たちが言ったこと、全部わかりましたよ。最初の子は<なんていいお天気なんだろう>と言い、もうひとりの子は<明日はもっといい天気だよ>と答えたのです」
おばあさんは、眉をひそめて黙っていました。というのはまた男の子たちが、彼らのことばでしゃべり始めたからです。
「マラスキ、バラバスキ、ピッピリモスキ」最初の子がそう言いました。
「ブルフ」もうひとりの子はそう返事しました。そしてまた、お腹を抱えて笑っています。
「今の話もおわかりになったの?」おばあさんはむっとした様子で、おじいさんに向かって大きな声をかけました。
「全部わかりましたよ」おじいさんは、にこにこしながら答えました。「最初の子は<この世に生まれてきて、ほんとうにうれしいよ>と言い、もうひとりの子は、<世の中は、まったくすばらしいな>と言ったのです」
「世の中、そんなにすばらしいものかしらねえ」おばあさんは、切り返しました。
「ブリフ、ブルフ、ブラフ」それがおじいさんの返事でした。
この「とんがりのない国」というお話も、印象に残りました。
P30
ジョヴァンニーノ・ペルディジョルノは、偉大なる旅行家です。旅して旅して、あるとき、家に角がない国に着きました。屋根はとがっておらず、先がゆるやかに丸くなっています。道沿いには、バラの生け垣が続いています。ジョバンニーノは、花を一輪つみ取って、胸元にさしてみたくなりました。指にとげが刺さらないよう十分に注意しながら、つみ取ろうとしました。ふととげにさわってみて、チクチクしないことに気づきます。まるでゴムでできているみたいに、あたると指先がくすぐったいのです。
「うわあ、すごいなあ」
ジョバンニーノは、思わず声をあげました。
するとバラの生け垣の後ろから、公園の警備員がにこにこしながら顔を出して、
「バラの花をつんではいけないのを、ご存じありませんでしたか?」
と言いました。
「すみません、ついうっかり」
「それでは、罰金を半分だけ払っていただきましょうか」
と警備員は言いました。そのにこやかな様子は、ピノキオをおもちゃの国に連れていった、バター人とそっくりでした。ジョバンニーノは、警備員が先のとがっていない鉛筆で罰金の書類を書くのを見て、思わず、
「すみませんが、ちょっと銃剣を見せてもらえますか?」
と頼みました。
「どうぞ」警備員は快く応じてくれました。もちろん、銃剣の先もとがってはいませんでした。
「いったいどういう国なのです、ここは?」ジョバンニーノは尋ねました。
「とんがりのない国です」警備員は、とても親切に答えました。その柔らかな話しぶりは、文字にすると大文字で書いたような、ゆったりした優しい印象のものでした。
「それでは、釘はどうなっているのでしょうか?」
「しばらく前に、釘はなくなりました。代わりに接着剤を使っています。それではすみませんが、私に二発ほど、平手打ちをいただけないでしょうか」
ジョバンニーノは、驚いてあんぐりと口を開けました。ケーキが丸ごと食べられるくらいに。
「そんな、とんでもない。公務執行妨害で、刑務所入りしたくありませんからね。二発の平手打ちはどちらかと言えば、私が受けるべきものでしょう?」
「でも、これがこの国の規則なのです」警備員は、優しくそう説明します。「罰金は金額だと平手打ち四発、あなたの罰金は半分ですから、二発だけです」
「え、警備員に?」
「そうです、警備員に」
「そんな、ひどい、まちがってる」
「そのとおり、まちがっています。たしかに、ひどいですね」警備員は言いました。「罪のない人に平手打ちするように命じられるなんて、たいていの人ならいやがります。そんないやなことを強制されないために、今後は法に逆らわないよう気をつけるようになるでしょう。さあ、平手打ちを二発、お願いします。そして、これからはどうか気をつけてくださいね」
「でも私は、あなたのほっぺに一発だってお見舞いするようなことはしたくないのです。代わりに、なでてさし上げましょう」
「罰金を払ってもらえない場合は、あなたを国境までお連れしなければなりません」
警備員はきっぱり言いました。
ジョバンニーノはひどくみじめな気持ちのまま、とんがりのない国から出ていかざるを得ませんでした。今でもまだ、いずれはあの国に戻って、とんがりのない屋根の家に住み、親切な優しい気持ちで人生を送りたい、と夢見ています。