こちらは、せつないけれどあたたかさも感じるお話でした。
P63 「雑誌から飛び出したネズミ」
マンガのネズミは、雑誌の中で暮らすのにすっかり嫌気がさしてしまい、紙の匂いからチーズの匂いのする世界へ行きたい、と強く願っていました。ある日とうとう本から飛び出して、本物のネズミたちがいる世界へとやってきました。
「スクワッシュ!」猫の匂いに気づいて、すぐにそう叫びました。
「え、あいつ、今なんて言った?」妙な言葉を聞きつけて、ほかのネズミたちはひそひそ言い合いました。
「シュワッ、バーン、グルッ!」マンガのネズミが言いました。マンガのセリフでしか話せないのです。
「トルコ語に違いない」年寄りネズミが言いました。隠居する前は、地中海航路の貨物船で働いていたネズミです。トルコ語で話しかけてみたところ、マンガネズミは、目をまんまるくしてこう答えました。
「ザップ、フューシュ、ブロンク」
「トルコ語ではないな」老いた船乗りネズミはつぶやきました。
「じゃあ、何語なんだろう?」
「皆目、見当もつかないね」
こうして、マンガのネズミは、<ヴァッテラペスカ>とみんなから呼ばれることになり、ネズミ村では少々頭の足りない奴として扱われました。
「おいヴァッテラペスカ、おまえパルメザンチーズとグリュイエールチーズとどっちが好きだ?」
「スプリッ、グロング、ズィズィール」マンガネズミは答えます。
「やれやれ、まったく」ほかのネズミは笑いました。一番年下のネズミは、マンガネズミのおかしな返答を聞くために、わざとしっぽをひっぱったりしました。
「ズーン、スプラッシュ、スカッ!」
ある日ネズミたちは、小麦やトウモロコシの粉の袋がたくさんある粉挽き小屋へ出かけていきました。ネズミたちはそろって、収穫物をカリ、コリと音をさせて食べました。ふつうのネズミたちはネズミらしく「クリック、クリック、クリック」とかじりました。ところがマンガネズミだけは、「クレック、スクレック、シュクレレック」と食べています。
「せめて食べるときくらいは、行儀よく食べなさい」老いた船乗りネズミが説教しました。「貨物船でそんな食べ方をしたら、今頃は海の中に投げ込まれているところだ。どんなにひどい音をたてているか、わかっているのかね?」
「クレング」マンガネズミは返事をして、トウモロコシの袋のほうへと戻っていきました。
老いた船乗りネズミはほかのネズミに目くばせすると、気づかれないようにそうっとマンガネズミを置きざりにして、みんなを連れて小屋から出ていきました。もうマンガネズミが帰ってくることはないだろう、と思いながら。
マンガネズミは、しばらく食べ続けていました。置いてきぼりにされたと気づいたときには、あたりはすっかり暗くなっていて、帰り道はわかりませんでした。マンガネズミはしかたなく、粉挽き小屋でそのまま夜を明かすことにしました。うとうとと眠りかけたそのとき、暗闇に黄色の信号が二つ光りました。恐ろしい敵。そう、猫です!
「スクワッシュ!」マンガネズミはふるえながら叫びました。
「グラグラニャーオ!」猫は答えました。なんとそれは、マンガ猫だったのです。正しく<ニャオ>と鳴けなかったので、本物の猫たちから仲間はずれにされてしまったのでした。
のけ者二匹は、ひしと抱き合って永遠の友情を誓い合い、ひと晩じゅうマンガのセリフで語り合いました。お互い、実によく分かり合えました。