多様な経歴

世界しあわせ紀行 (ハヤカワ・ノンフクション文庫)

アイスランドでは、人は学べば学ぶほど別の世界に首を突っ込むようになる」というところが、印象に残りました。

P261
 ・・・たとえばラルス・ヨハネソンという人物がいる。小さなレコード店を経営し、自身のレーベルも持つ有名人だ。・・・
 ひとことで言えば、ラルスの経歴は多岐にわたっている。しかし「ラルスはさまざまな職業を遍歴した」と表現するのは、「ロジャー・フェデラーはテニスをちょっとかじっている」と言っているようなものだ。四十数年の人生で、ラルスはプロのチェス・プレイヤーを手始めに、ジャーナリスト、建設会社の重役、神学者と遍歴をかさね、現在は音楽プロデューサーとして活躍している。けげんそうな私を見て、「よく不思議がられます」とラルスが言う。「でも、ぼくのような経歴はアイスランドではごく当たり前ですよ」
 経歴が多様な人ほど、幸せを招き寄せるとラルスは考えている。専門性を重視するというアメリカやヨーロッパで主流を占める価値観の逆をいく考え方だ。欧米では学者や医師などの専門職に就く人は、学べば学ぶほど、ごく狭い専門分野に深入りする傾向がある。アイスランドでは、人は学べば学ぶほど別の世界に首を突っ込むようになる。

P287
 ジャレッドが何よりも気に入っているのが、人を一つの「箱」の中に閉じ込めようとしない風土、あるいは一つの箱から別の箱へと自由に行き来できる風土だという。ソフトウェア会社に入社してから一年後、ジャレッドは金融業界に転職した。アメリカだったら考えられない転身だ。「きっとこう言われると思う。『おまえはソフトウェア業界の人間だろ。金融の何がわかるんだ』って。でも、アイスランドでは何とかなるって思われるだけさ」これもアイスランドが好きな理由の一つだという。何があっても大丈夫、行く先に光がまったく見えなくとも、いずれ何とかなるという考え方。現に今でも何とかなっている。