哲学に詳しくないけれど、対話だったのでなんとかついていけたような、いけてないような(苦笑)。
P44
戸谷 目の前の勝負に負けても、自分が何を求めているか、自分がどういう戦略をとるかによって、負けが負けではなくなるという話が先ほどありました。それはよく理解できるんですよ。しかし一方で、勝敗を決定する基準を自分で決めてしまえると、逆に重みがなくなる気もするんです。たとえば受験でも仕事でもなんでもいいんですが、負けがつらいからといって、あたかもそれが重大でないかのように思い込むと、逆に人生がむなしくなるような気がするんです。
糸谷 本当にそうですかね。
・・・
基準なんていくらでも変更可能ですよ。・・・たとえば、将棋の世界でどれだけ高く評価されていたって、別のジャンルのゲームでは素人ですから。
戸谷 そんなものは重要ではない?
糸谷 というか、重要でないほうがいいと思いますね。
戸谷 でも、客観的な基準がないと、人々は不安になるんじゃないかな。自分の恣意的な考えひとつで基準を変更できてしまうと、承認が得られないと思うんです。それが揺るぎないものであると感じられない。
先ほどの話に戻っていくと、僕のように勝敗がはっきり決まらない世界にいる人間からすると、そう思えてしまうわけです。たとえばいま、糸谷さんと対談しているけど、そのことが僕の人生においてどんな意味を持っているのか、非常にぼんやりしている。
糸谷 でも、この本が空前のベストセラーになったらどうですか?それこそ何十万部、何千万円っていう客観的な数値で測れるようになるかもしれない。あるいは、この本に出てくる失言によって、戸谷さんが永遠にパージされるかもしれない(笑)。まあ、それは冗談として、逆に世界はあいまいなものだということを受け入れていくのも必要だと思うんですよ。
戸谷 勝負の世界に生きている糸谷さんが、あいまいさを受け入れることが必要だと言って、勝負の嫌いな僕が、明確な基準がないと承認を得られないと言っている。逆転しているのが面白いですね。
糸谷 それにしてもみんな、そんなに承認されたいんですかね。他人から本当に承認されているかなんてわからないじゃないですか。表ではほめられていても、裏でけなされているかもしれないし。
P54
戸谷 糸谷さん自身はどちらなんですか。AIが将棋の本質を変えるとか、業界を変えるとは思わない?
糸谷 本質は変わらないんじゃないですか。人間だろうが、AIだろうが、ゲームとしての将棋はエンターテインメントとして残っていくと思います。
・・・
結局、将棋はエンターテインメントとしての要素が大きいんですよ。私はよく野球を例に出すんですけど、時速三〇〇キロのピッチングマシンが投げるボールをロボットが打つみたいな試合を、われわれは観たいと思いますか。
戸谷 観たくないね。
糸谷 なぜ観たくないかというと、野球はエンターテインメントだからですよ。だから機械には代替されないと思う。代替される恐れがあるのは、より単純な作業でしょうね。たとえば電話交換手という仕事は、機械に代替されてしまいました。でも、そこには人間が労働から解放されるという側面もある。必ずしも悪いことではないとも思います。
P122
戸谷 ・・・僕からすると、「哲学カフェ」というのは自分の考えを相対化するいい機会なんです。
それまで自分が自明だと思っていたことに対して、他者から反論をされる。反論に出会うことって苦痛なんです。とくに議論の練習ができていない人には。それで怒ってしまったり、イライラしてしまったりもする。だけど、対話を続けていくうちに信頼関係ができていって、この人が言うことも成り立つのかもしれないって認め合えるようになってくる。僕はそのプロセスがすごく好きなんですね。自分の考えを相対化していって、だけれども単なる相対主義には陥らずに、信頼できる人間関係をつくり上げていくことが。
糸谷 でも、それができない人もやって来るわけでしょう。
戸谷 ・・・ヘイト発言をする人はやっぱりいますよ。ハラスメント発言をする人はもっといる。「君は女の子だから」みたいなことを平気で言う男性もたまにいらっしゃいます。……糸谷さん、渋い顔してるねえ(笑)。めっちゃ嫌いでしょ、そういう人。
糸谷 キレちゃいますね、それは。
戸谷 そうなってしまうと議論を立て直すのが本当に大変で。現実社会でも起きているある種の軋轢だなあと思いながら無理やり話を進めてしまうんですが。
糸谷 相手の発言を直接、批判しないとか、何かルールはあるんですか。
戸谷 そうしたルールは設けていません。僕の考え方だけど、哲学は人に幸福を与えたり、人を気持ちよくさせたりするものとは限らないんです。むしろ人を不快にさせたり、苛立たせたりすることで豊かな対話が生まれることもあるし、違った見方ができるようになることもある。なので、挑戦的なことを誰かが言っても許すことにしています。
糸谷 物事を突き詰めて考えるということ自体、基本的には不快なことですよ。突き詰めて考えるということは、それまで自分の信じていたことが掘り崩される可能性があるわけですから。
戸谷 その通りですね。ハイデガーに戻ると、人間というのは自明な世界に生きているので、その自明性が崩されることを不安に感じるものです。
糸谷 でも、その人の自明性を殴っていかないといけないんですよ。ぶん殴って不安にさせないと、その人の世界は変わらないから。・・・
