つづきです。
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仲野 鍼とお灸のツボは基本的に一緒なんですか?
若林 同じです。でも、鍼に向いている経穴と、お灸に向いてる経穴があります。気のはなしになってしまうのですが、気が溜まりやすい(専門的には「実しやすい」)経穴と、気が足らなくなりやすい(専門的には「虚しやすい」)経穴があり、溜まりやすい経穴には鍼を、足らなくなりやすい経穴にはお灸を使用することが多くなるのです。鍼は余分なものを減らす(専門的には「瀉法」)、お灸は足らないものを補う(専門的には「補法」)が得意な技術なので。
お灸は、皮下の温度が五二度以上になる温熱刺激を間欠的に加えることで効くことがわかっています。
加える刺激の温度によって生体の反応が変わってきますから、鍼灸師は、お灸のもぐさの硬さを変えて温度を調整しています。・・・
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実は鍼を刺さなくても効くんですよ。鍼じゃなくて爪楊枝でツボを押してもいいです。先の丸い鍼を当てて、それを木槌で打つ「打鍼法」というのもあるんですよ。仲野先生は置き鍼って使ったことないですか?ほとんどトゲみたいな細さの鍼がシールに入っていて、そんなものでも痛みがとれてしまうんです。
つまり、究極的には鍼である必要はなくて、適切な位置に刺激が加わっていれば、皮膚表面を軽く押すだけでも痛みが軽減する可能性があります。ピップエレキバンも同じ原理で、磁石でなく米粒でも効くことがあります。
仲野 それ、ピップエレキバンの会社が聞いたら嫌がるやろな。
そう考えると、ますます鍼がどういう原理で効いてるかわからない。
若林 皮膚表面への刺激が中枢神経系に作用することで、痛みを止めるための物質が脳内に出ると言われています。もうひとつは、下行性疼痛抑制系の賦活(活性化)によって痛みがとれます。
でも、どの刺激が効いているのかをはっきりと明らかにするのは難しいです。いま言ったように刺激については、鍼の刺激じゃなくて圧刺激を加えても、ある程度の効果があるからです。痛いところを押さえると痛みがちょっと軽減したりするでしょう。日本鍼を刺すときに無痛で刺せる原理もそれです(ゲートコントロールセオリーと言います)。なので、圧刺激と鍼の刺激、どちらがどの程度効いているのか、明確には区別できないんですよね。複合的に効いているのだと思われますね。
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若林 いまでこそほとんど話題にならない鍼灸ですが、スポットライトを浴びた時期もありました。一九七〇年代に「鍼麻酔」が注目されて、そのときに爆発的に認知されたんです。いまは完全に廃れていますが。
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一九七一年にニクソン大統領補佐官だったヘンリー・キッシンジャーが訪中した時期、同じく訪中していたニューヨーク・タイムズのジェームズ・レストンという有名な記者が急性虫垂炎になってしまい手術をしました。彼は術後の痛みや不快感を訴えて鍼灸治療を受けることになり、その後症状が改善したそうです。その体験談と、鍼麻酔について記事にしたところ、大反響になった。
鍼麻酔については、普通の麻酔と鍼麻酔を併用するというかたちで使われていたそうです。普通の麻酔が少量になることで、回復がとても早くなるという記事だったようです。チャイニーズ・メディスンはすごいぞと。
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仲野 虫垂炎の鍼麻酔って、どこにするんですか。
若林 手の合谷(図7)と下肢の足三里(図8)を使うのが標準的なのですけど、いろいろ部位があるようです。
仲野 西洋医学的に見たら神経走行が全然違う場所なんですけど……。
若林 刺鍼をしているのは第一背側骨間筋と前脛骨筋のとこですからね。そこを刺激して、なんで内臓付近の痛みがとれるんだよ、と思いますよね。
筑波大医学部がずっと研究をしていました。鍼を刺して、電機でパルス信号を流すそうです。
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・・・虫垂炎だけでなく、歯科領域にも応用されて、抜歯時の麻酔にもしばらく使われていました。日本大学の歯学部で熱心に研究していたそうで、一時期は日大の歯科医師は鍼灸も教わってたんですよ。
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・・・研究書も何冊も出てて、合谷と手三里(図9)に電気信号を通すと、歯の痛みを取ってくれると言われています。
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ちなみに、側頭部あたりの痛みや、片頭痛、肩の痛みも同じツボで解消されますよ。同じ経路上にあるので、痛みを抑えることができるわけですね。
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仲野 すでに何度も話題に出てますが、満を持して漢方薬のことを聞いてみたいです。世間で抱かれる漢方って「ゆるやかに効く」「副作用が少ない」というイメージがあります。・・・
若林 実は即効性があるものもけっこうあるんです。
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前にも出てきた麻黄湯はインフルエンザの初期にてきめんに効きます。一五分くらいで発熱して熱が一気に下がるんです。川崎病のような症状に対して処方される黄連解毒湯という薬もこれも証に合うと即効性があり、熱が下がります。不眠症、動悸、更年期障害などにも使われる薬です。
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仲野 あと、即効性のある漢方といえば芍薬甘草湯!妻がよくこむら返りになるんですが、飲んだら一瞬で治るみたいです。
若林 あれよく効くんです。薬理作用がはっきりとわかっている数少ない漢方です。
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口腔粘膜から吸収されるから早く効くようです。筋肉の神経は電解質によって調節されていますが、そのイオンバランスが崩れると、筋痙攣が起こります。そのバランスを整える作用があるので、効くという研究があります。
ほかに即効性のある薬は、小青竜湯、葛根湯ですね。小青竜湯は、いわゆる鼻風邪のときに処方されるんですが、時期や体質が合うと本当にぴたっと鼻水止まります。
あと病院でよく使われるのは、婦人科系の漢方で、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、加味逍遥散、胃や腸の切除手術後によく処方される大建中湯、補中益気湯があります。
仲野 ちょっと意外な感じがしますけど、外科で漢方が結構使われるみたいですね。論文を読んだことがあります。
もうひとつ驚いたのが、認知症の人に対する抑肝散です。母が認知症で、ものすごく不機嫌だったのですが、この漢方を処方されたら、すごく穏やかになったし気分が楽になったように見えました。副作用もなしで。漢方ってこんなに効くのかと、ちょっと驚きでした。
若林 この漢方、よく効くんですよ。認知症の周辺症状に効く、というほうが正確ですね。小児科でも使う薬で、ADHDのお子さんにも処方されたりするんです。この一〇年くらいで使われるようになりましたね。
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若林 私ももっと手軽に、日常的に東洋医学を試してほしいなと思うことはあります。西洋の病院であらかたやって全然改善しないなら、とりあえず試してみたら?と気軽に言えるものなので。
仲野 この対談を始めるまで、そういう気軽さは頭のなかになかったです。・・・マッサージや理学療法が相当に浸透しているのに比べると、どうしてそれほど人気がないんでしょう?失礼な質問ですけど。
若林 鍼は痛いってイメージがありますよね。あと、偏屈なおっさんが出てきそう。・・・でも、そういう人は少数です。・・・いまはだいぶカジュアルな雰囲気のところも増えてきたし、・・・
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仲野 何かちょっとしたことがあるたびに来られる人もおられます?
若林 それこそ、病院行かないで済ましちゃう人もいます。我が家でもすこし風邪気味な人がいたら、ちょちょっと治します。コモン・ディジーズだったらほとんど取り扱えるから。
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仲野 イメージとしては、普通の医院や病院とかに比べて先生との相性もかなり大きいと思うんですが、どんな先生がおすすめでしょう?
若林 西洋医と並行して治療することを嫌がらない先生をすすめます。西洋医の言葉をちゃんと翻訳することができる先生だったらベストですね。・・・
仲野 かかってみて、あんまり効けへんな~と思ったらやめたらええんや。当たり前やけど。
若林 はい。三回程度治療してもらって駄目だったら、その先生とは合わないことが多いです。
仲野 え、三回でええの?
若林 三回診て改善しないようであれば、大きな問題が隠れている可能性があるか、もしくは私の腕が悪いからだと言ってます。
仲野 なるほど。慢性的な症状の人が多そうやから、最低でも一〇回二〇回かと思ってましたわ。三回と言われたら、かなりハードル下がりました。目から鱗です。
若林 慢性痛であったとしても、だいたい、二、三回で改善の傾向が出るんですよ。・・・全然変わんない場合は、鍼灸適応じゃないことが多いです。・・・
・・・漢方薬もそうなんですけど、三回分ぐらい飲んでみてほとんど症状が変わらないときは、処方が間違ってます。