医学問答

医学問答 西洋と東洋から考えるからだと病気と健康のこと

 お二人の対談の形なので、わかりやすく、面白く、いろんなことを知ることができました。

 

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若林 実は、五臓は物理的な臓器にぴったり当てはまるわけではないんですよね。たとえば、腎の働きのなかには生殖が入っています。でも、副腎がつくるホルモンは生殖に関係するホルモンではない。だから、腎は必ずしも物理的なものではなくて、腎臓の周辺を指しているものと考えますね。

仲野 そうなんや。てっきり臓器の名前なんだと思ってました。

若林 呼吸を司るのも腎だと言われています。

仲野 腎が呼吸?堪忍してください。

若林 もちろん、大気から「気」をからだのなかに取り込むのは肺とされているんですけどね。私も不思議に思って、なんで腎が呼吸を司ることになっているのか考えてみたんですよ。呼吸をすると背中の肋骨のところも膨らむように動くじゃないですか。腎臓はそのふくらむあたりにあるから、腎と呼吸のつながりを見出したんじゃないかと。東洋医学では、腎はかなり大事だと言われている要素ですね。

 ちなみに、丹田も呼吸と関係しているのですが、このふたつは別ルートから来ているんです。丹田は神仙道の考え方で、腎で呼吸して取り入れた気を送り込み、練り上げる場所として考えられています。

 臓器に対応していないのは、「脾」も同じです。脾は消化に関わると言われています。一見「脾臓」のことだと思われますが、脾臓は胃の裏側あたりにあって、赤血球を壊したり抗体をつくったりする臓器なので消化には関係ない。

 なぜかなと考えてみたところ、当時の解剖図『類形図翼』で膵臓脾臓だと言ってるのを見つけました。つまり消化という機能から考えても、「脾」はおそらく膵臓を指している。先ほどもお話ししたように、解剖したご遺体がフレッシュじゃなかったから、膵臓脾臓が混同されてしまったのではないかと推測しました。

仲野 なるほど。現代の私たちは子どもの頃から西洋式の解剖図を習って知っているから、「腎」とか「肝」とか言われたら臓器を思い浮かべてしまう。科学に当てはまるような形で解釈するけど、五行でいうとそれは違っているということですね。

若林 ですから、物理的な内臓を指す場合は、「脾臓」「肝臓」「膵臓」と「臓」をつけますね。それに対して、東洋医学的な五行に則って説明する場合は「臓」をつけない場合があります。私もわかりにくくなるときは、使い分けています。

 

P83

仲野 東洋医学と対照的に西洋医学は細部へと向かっていて、からだ全体の連関を見失いがちだったのですが、最近「多臓器連関」というのがトレンドになってます。肝臓とか心臓とかいうさまざまな臓器は単独で機能しているのではなくて、複数の臓器が機能的に密接に連関しているという考え方。

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 甲状腺、副腎、膵臓のランゲルハンス島などの内分泌系はホルモンを出すのに特化した臓器ですけど、そうではない臓器もホルモンのような働きをする物質を分泌していることがわかってきた。たとえば、心臓。最初に見つかったのはANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)で、腎臓に働いて水・ナトリウムを排出させて体液バランスを調節する、あるいは、血管の拡張を引き起こして血圧を低下させます。ポンプ機能だけと考えられていた心臓が内分泌物質をつくるという事実は大きな驚きをもって迎えられました。・・・ 

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 あと、意外かもしれませんが、心臓だけでなく、腸や筋肉からも内分泌物質が出ていることがわかってきた。筋トレするといいと言われるのは、単に筋肉をつけるためだけじゃなくて、動かすとマイオカインという生理活性物質が出て、全身によい影響を与えるからなんです。生活習慣病の予防や長寿に関係するのは、そのおかげです。・・・

 

P103

若林 風邪といっても、西洋と違うところは、東洋医学にはいろいろな風邪があるところですかね。風+αによって風邪をひくわけですが、その「+α」によって風邪の種類も変わってくる。たとえば、風熱邪、風寒邪、風湿邪などがあって、それぞれ熱、寒さ、湿気が風と共にからだに入ってきたものです。・・・

仲野 風寒邪っていうのは、我々がこう冬にひくいわゆる……

若林 一般的に想像する風邪です。

仲野 冬熱邪とは?

若林 これは夏にひくような風邪です。

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 風寒邪の場合は、からだを温める薬を使うのが基本です。葛根湯や麻黄湯という薬が一番使われます。どちらも麻黄という成分が入ってます。

 麻黄のインフルエンザに対する薬理作用は解明されていまして、ウイルスがタンパク質をつくるのを抑制して、サイトカインの抑制をかけるらしいです。

仲野 ほんまですか?ちょっと説明しときますと、ウイルスなどがからだのなかに入り込んで組織で増殖すると、免疫細胞がその組織に集まってサイトカインなどの炎症性物質を出す。そうすると喉が痛くなったり、熱が出たりする。麻黄にはそういう作用を抑える働きがあると?

若林 漢方メーカーのホームページに書いてあるんですよ。

仲野 そうか、それなら一応信用しときます!

若林 風熱邪の場合は、銀翹散という薬を使ったりします。このなかには、ハッカなどの冷やす成分が入っています。

仲野 風熱邪に対して、風寒邪に効く薬を飲んだらどうなります?

若林 効かんのですよ。効かんどころか、逆に悪化したりします。

仲野 ほんまですか!それは禁忌みたいな感じになるわけですか?夏風邪に麻黄湯や葛根湯を飲んだりすると……

若林 いきなり熱がバーンと上がったりするんですよ!・・・

 麻黄湯や葛根湯は、寒気がある熱、首周りや肩周りに凝りがあるような風邪のときに飲まないと効かないのです。

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仲野 それにしても不思議です。西洋医学的な風邪の考え方でいくと、季節によって流行るウイルスの種類は違うかもしれませんけど、免疫細胞がサイトカインという炎症性物質を出す、という一般的な生体反応は生じるはずです。夏であろうが冬であろうが、それはほぼ同じだと考える。それなのに、ある薬がある季節の風邪には効いて、ある季節の風邪は悪化させるなんて、あるはずがないやろうと思う。

若林 でも、漢方薬が合ってないとひどいことになるんですよねえ。

仲野 それもまた漢方薬の不思議のひとつ。

若林 東洋医学的には、風邪というのは、からだのなかに何か悪いものが入っているわけだから、それを追い出すという考え方なんですね。だから、熱をもった風邪と寒をもった風邪だと、からだの反応が違ってくると考える。

 たとえば寒さをもった風邪だと、からだの表面近くのところに寒さが溜まっているとされる。寒気がするのはそれが原因です。それを内側から温めてあげて、汗をかかせれば追い出せるという原理です。

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 だから、麻黄湯や葛根湯は発汗作用がある。それだけでなく、なにかしら炎症の抑制をかけてもいるみたいですけど。

 風熱邪の場合は体内に入り込むと一気に熱を発生させて、喉などの炎症を起こさせます。風寒邪の場合は寒気という症状が発熱に先立つのですが、風熱邪の場合はそもそも人体は温かいものであるため、そういった前兆なしに激烈で急激な発熱をともないます。・・・ですので、強い熱冷ましの作用のある薬を使って炎症を抑えていきます。

Covid-19は風熱邪と言いましたが、寒気を訴える人には葛根湯を出せるとも言われています。でも基本は、コロナに葛根湯を使ったら辛くなります。

仲野 なるほど。一旦、納得したということにします(笑)。