嘘みたいな本当の話

嘘みたいな本当の話みどり 日本版ナショナル・ストーリー・プロジェクト (MATOGROSSO)

 

たしか第1弾を読んで面白かった気が、と思って手に取りました。

くすっと笑える話や、えぇ?という話、今回も面白かったです。

こちらの投稿のタイトルは「この人です」。

 

P16

 私は小さな歯科医院を経営している。

 年一回の慰安旅行を翌日に控えた真夜中、奥歯に猛烈な痛みが襲いかかった。予兆はない。その晩はまんじりともせず朝を待った。

 早朝、友人の歯科医師に笑われながら神経を抜く応急処置をしてもらい、なんとか時間に間に合うよう空港に向かった。

 職員たちはうれしそうだ。私は院長。今朝の件は知られてはならない。

 やがて、搭乗が始まった。早朝の麻酔はとうに切れていたが、どうやら大丈夫そうだった。

 地面が遠のき、全員はしゃいでいた。私も余裕ができてはしゃいでみた。瞬間、

 ずっきぃぃぃいん

 脳天を貫く激痛。声が出ない。脂汗。痛みで機内が歪む。歯科医師の私にはわかっていた。気圧が変わったのだ。

 幸いまだ誰も気づいていない。仮封剤(仮の詰めもの)を外せば、内圧が開放され激痛は止む。でも道具がない。どうやって。どうやって。

 そのとき、チカチカかすむ視界の中で目に入ったものがあった。

 爪楊枝。

 さり気なく楊枝に手を伸ばし、慎重に慎重に先端を仮封剤にひっかけた。先端にスナップをかけたそのとき、楊枝の先が仮封剤を押し込みながら折れた。

 脳天に光が走り、気がつくと私は座席で悶絶していた。

「先生っ、先生っ」

「お客様、どうかされましたか、お客様」

「歯が、歯が」

 周囲が騒然とし始めるなか、悶えながら説明していたそのとき、機内にアナウンスが響き渡った。

「お客様の中に歯医者様はいらっしゃいませんか。お客様の中に歯医者様はいらっしゃいませんか」

 涙でにじむ視界の向こうから爆笑する職員たちが私を指差している。

「この人です」