すごい生命力

美内すずえ対談集 見えない力 梅若 実(能) 甲野善紀(古武術) 大栗博司(物理学)と語る

美内すずえさん自身のエピソード、人間の生命力って面白いです。

 

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 30年以上前のことだ。家の前で客をタクシーに乗せ、見送ろうとしていた時だった。・・・話が終わったと思った運転手さんが、いきなりドアをバン!と閉めた。右手の人差し指が、そのままドアに挟まれた。グシャッと音がしたように思った。・・・

 右手の人差し指を見ると、第一関節から第二関節の間が潰れて、皮一枚になっていた。骨も組織もペッチャンコだ。痛みはそのあとから、ドッとやってきた。

 漫画家にとって、利き手の右手の人差し指は、命に等しい。この指一本に漫画家生命がかかっている。おまけに締め切りが迫っていた。指はたちどころに、パンパンに腫れ上がったが、痛がっていても始まらない。さてどうするか?

 しかたがないので、とりあえず仕事場の机の前に座り、3倍ほどに腫れ上がった指をガーゼで包み、それを左手で軽く握って、私は目を閉じた。こうなったら自力で治すしかない。意識を全身にめぐらせてから、体内の白血球に呼びかけた。

「全白血球に告ぐ!今すぐ、コレを治せ!!」と命じた。

 そしてじっと、その意識に集中した。何しろ、私がこの体の〝あるじ〝である。全員、〝あるじ〝の言うことは聞かねばならんのだよ、と自信満々で命じたのだ。その命令を中休みをとりながら、2~3時間ほど続けた。白血球が大慌てで右手の人差し指に集まってきて、雑菌を追っ払い、修復に努めてくれたのかどうか……は分からないが、翌日の午後にはペンを持って、普通に漫画を描いていた。・・・治りきるまで痛みがなかったわけではないが、締め切りの頃には痛みも引いていた。もちろん白血球だけではなく、体中の修復に関わる何かが働いてくれたのだと思う。ありがたいことだ。この指の傷跡は、30年以上経ったつい最近まで、うっすらと残っていたので、本当は結構な怪我だったのかもしれない。