値段にしたら同じでも?

ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

お金そのものじゃないだけで、こんなに変わってしまうとは…でもわが身を振り返れば、確かに(笑)

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 ・・・ある日わたしはMITの寮にこっそり忍びこんで、そこいらじゅうの共用冷蔵庫に魅力的なエサをしこんだ。冷蔵庫の半数には六本パックの缶コーラを入れ、残りの半数には一ドル札を六枚のせた紙皿を忍ばせて立ち去った。それから何度か冷蔵庫に舞い戻っては、缶コーラと札の減り具合をチェックした。・・・
 学生寮というものに行ったことがある人ならわかると思うが、缶コーラは七二時間以内に跡形もなく消滅した。だがとくに興味深いことに札は手つかずのまま残っていた。学生は一ドル札を一枚とって、近くの自動販売機まで行き、缶コーラを手に入れ、お釣りまでものにすることもできたのに、だれ一人そうしなかったのだ。
 これが偉大な科学的実験でないことは認めよう。冷蔵庫に缶コーラが入っているのは学生にとってあたりまえのことでも、一ドル札が数枚のった皿が入っているのはかなり珍しいことだ。しかし・・・これと同じで、自宅用のプリンターで使う用紙を職場からもって帰ることはしても、職場の小口現金用の現金箱から三ドル五〇セントくすねることはまずない。・・・
 現金との距離が不正におよぼす影響を、より制御された方法で調べるために、数字探し実験をかたちを変えて行なうことにした。・・・協力者は課題を終えると、作業用紙を破棄し、それから実験者のところに戻って、こう言うことになっていた。「X問正解したので、Xドルください」
 さて、今回の実験の新機軸は、「トークン(代用硬貨)」条件だ。トークン条件は破棄条件とだいたい同じだが、唯一の違いとして、協力者の報酬が現金ではなく、プラスチック製のチップで支払われた。トークン条件の協力者は、作業用紙を破棄し終えると、実験者のところに戻ってこう言った。「X問正解したので、X枚のトークンをください」。そしてチップを受けとると、三、四メートル離れたテーブルまで歩いていって、そこでトークンと引き換えに正真正銘の現金を受けとることになっていた。
 結果どうなったか。数秒後には現金に引き換えられるトークンを、嘘を言って手に入れた協力者は、現金を直接手に入れるために嘘を言った人たちに比べて、二倍も多くごまかしをしたのだ。トークン条件の協力者の方が、たくさんごまかしをするだろうとは思っていたが、現金から小さく一歩離れただけで、これほどまでにごまかしが増えたことに、わたしは正直驚いた。この結果から、人が鉛筆やトークンといった、金銭でないものを前にすると、本物の現金を前にしたときより不正をしやすいことがはっきりした。