ファン心理

犬のしっぽを撫でながら (集英社文庫)

今年は広島カープが大活躍ですが…小川洋子さんは大のタイガースファン。
私自身もプロ野球に入れ込んだ時期があったので、ここは実感としてよくわかりました(笑)
そして、昭和って味わい深い時代だったなと思ったり…(^^)

P171
 二〇〇三年優勝した時のような、爆発的な強さを求めるのは酷だとよくわかっているが、ゲーム差なしで首位争いを繰り返す日々が続くと、やはりくたびれる。自分がもう少しゆるいタイガースファンだったら、どんなに気が楽だろうか、と思う。
 朝、新聞を開いてようやく前日の結果を知り、「ああ、昨日は負けたのか」の一言で済ませられたら、そわそわして仕事が手につかなくなることも、負けた悔しさで寝つきが悪くなることもないだろう。・・・タイガースになど惑わされず、心静かにただ小説だけを書いていられたら、もう少しまともな作品が残せたかもしれない。
 以前、とある落語家さんが言っていた。
「タイガースが負けた日でも、夜のスポーツニュースを見ます。負けたと思ったのは自分の勘違いで、実は勝っていた、という事態が起こるかもしれませんから」
 この話を聞いた時、あまりにも健気で切ないファン心理を、笑うに笑えなかった。深夜、万に一つの可能性に賭け、テレビの前に座っている落語家さんの姿を想像するだけで、涙ぐみそうになった。
 ・・・
 家族団欒の場面を思い出すと、いつもそこにはタイガースの存在があったような気がする。ビールを飲んでいい気分の父、裁縫をする母、田淵がホームランを打つように神棚に手を合わせる弟と私。そしてラジオから流れる、野球の実況放送。それが私にとっての、幸福の記憶だ。