幸せは見つかったのか?

世界しあわせ紀行 (ハヤカワ・ノンフクション文庫)

旅を終えた著者の様子は…

P512
 幸福を探し歩く旅が終わった。・・・
 いまはニューヨークに戻り、マイアミの自宅に帰る飛行機の待ち時間をつぶしている。空港に到着すると迷わずバーに直行し、二杯目のブラディ・マリーで少し酔いが回っている。・・・
 すべてがとても仏教的な気がする。そんなことを考えていると、バーテンダーの名札に目がとまった。名札には「ハッピー」と書かれている。あまりの偶然に自分の目を疑ってしまう。
「それが君の本名かい?」
「ええ。私が生まれたときに父がすごく喜んでくれて、それでこの名前をつけたそうなんです」
「じゃあ、ちょっと教えてほしいんだけど……たぶんしょっちゅう聞かれることだと思うけれど、それって何なのかな?」
「どういう意味でしょう?」
「秘訣だよ。君みたいになる秘訣、つまり幸せになる秘訣って何なのかな?」
「笑顔を絶やさないことですね。悲しいときもどんなときも、いつも笑顔でいるんです」

P517
 ・・・時折、旅先で学んだことが頭をよぎる。しかもそれは、予期せぬかたちであらわれる。先日、愛用していたiPodが壊れて、二〇〇〇曲あまりの音楽コレクションが一瞬にして消えてしまった。以前の私なら、怒りに我を忘れていたはずだ。でも、今回は怒りが夏の雷雨のように消え去った。そして驚いたことに、タイ語の「マイペンライ(気にしない)」という言葉が口をついて出た。まあいいさ、気にしないことにしよう。嫉妬には心を蝕む性質があるという点を以前よりも意識し、嫉妬が大きくなる前になるべく抑えるよう心がけるようになった。もう自分の失敗を必要以上に悔んだりはしない。暗い冬の夜空にも美しさを見つけようと努めている。いまの私は、二〇メートル先からでも本物の笑顔を見分けられる。新鮮な果物や野菜に新たな価値を見いだすようにもなった。
 ・・・
 私は一〇〇パーセントの幸せを感じているわけではない。五分五分がいいところだ。よくよく考えてみると、五分五分というのはそれほどひどい状況ではない。むしろ上出来ではないかと思う。