ブルックリンでジャズを耕す

ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス

大江千里さんのエッセイ、面白かったです。
47歳でニューヨークの音楽学校に入学し、ジャズピアニストの道へ。
読んでいると自分もブルックリンにいるような感覚になりました。
ちなみに「ぴ」というのは愛犬のピースのことです。

P274
 ・・・クタクタになったある春学期の後、3ヶ月半もある夏休みを持て余すならばいっそと、車を1ヶ月ほど借りてアメリカ横断旅行をした。この歳になって「時間がいくらでもあって持て余す」コンセプトに巡り合うなんて、ものすごくプライスレスな経験ではないだろうか?ここは実りある必要経費と。
 動物的勘で無駄遣いをしない。一方で留学したからこそできる、人生でやり残していたことを1個ずつ塗りつぶしていく。ここは金の糸目をつけずにやる。宿泊はモーテルだけれども(笑)。そうすれば極端な話、いつ死んでも後悔が少なくなるではないか。死んだとき、棺に貯金通帳を入れて焼かれるわけにはいかない。何に使い何に使わないか。ほんの1年ほどでそれ以前の人生とまったくお金の使い方が変わった自分がそこにいた。
 それまでの人生ではスペインに行ってもパリに行ってもフィンランドに行っても何処までも「時間に追われて」いた。今はというと誰も追ってはこない。それに一抹の寂しさを感じるのはたやすいことだけれど、自分で選んだことだからこそ、逆にいろんなオプション(選択肢)を試してみるチャンスと考えよう。こんな楽しい命題に答えを出さない手はない。そう思った途端にどんどん始めていた。
 アメリカ大陸は思ったよりもうんと大きかった。一日中一本道だったり、食べ物はマックかタコベルだったり。事件も起こる。タイヤがパンクしたり警察にスピード違反で5回ほど止められたり。モーテルで泥棒が入ったり、内側に鍵を差したまま車のドアを閉めてしまったり。ダイエットコークとハンバーガーとリンゴだけで何日も飛ばして、やっとの思いで到着した町では1軒だけある日本食屋で贅沢な刺身定食を頼んだし、西海岸で受けたピーター・アースキンのドラム授業など経験値が増えた。と共に山奥で迷い込み、思いがけない町で、人の情けに触れたこともあった。
 生きているとお金はかかる。何にかかって何にかからないかを一旦冷静に把握してみる。自分にあったやり方でいい。・・・
 人生の必要経費って一体いくらくらいなのだろう?
 僕はいつしか3年になり、4年を迎えつつあった。次の人生を前向きに考える時期に差しかかっていた。その頃になると、自分に投資するお金と節約するお金を、かなりストイックに使い分けていた。こんなことが自分にもできるんだという新たな自己発見。客観的に節約ができたかどうかと厳密に問われると微妙だ。しかし、「節約できた」が重要事項ではなく、「何に使い何に使わない」という「メガネ」を新調したことが大きな進歩だったのだ。・・・