写経と写仏

運玉 見えないけど誰もが持つ人生を左右する幸運の源

写経と写仏って、効能がちがうらしい、と書かれていたところです。
以前、門前仲町深川不動で写仏させていただいた時、気持ちがすーっと落ち着いたのを思い出しました。

P146
 書き終えると、そこには自分が唱えた、自分から出た、ひとつのお経が目に見える形で机の上にあります。確実に私が世に出した般若心経です。
 写経は「為」と書かれた下にお願いを書くのですが、私は知人の平癒祈願を書きました。
 すべて書き終えて、じーっとその用紙を見ていると、写経の仕組みが見えてきました。もちろん修行という部分が大きいのですが、そればかりではありませんでした。
 写経で世に出したひとつの般若心経は、とても小さいものですが、確実にその願を叶えるパワーのひとかけらになります。
 これは口で唱えるより、もっと形としてお経を作るというか、力を生み出すというか、お経の力を現実にする感じです。
 ・・・
 写経は心を無にしてひたすら書くという修行であり、それに加え"だれかの為に"使う、小さな力を作るものでもあります。・・・

P155
 ・・・平癒祈願など相手に良い作用があるパワーを期待するのであれば、断然写経のほうが力があります。
 写仏はどちらかというと、「自分の心のケア」にいいです。1時間、「無」の時間を体験できるからです。
 このように心を空っぽにするという機会はなかなかないので、心のお掃除ができるのです。