こちらは2巻目です。
P56
伊集院 脚本家の山田太一さんです。よろしくお願いします。
山田 よろしくお願いします、どうも。
伊集院 来ていただけると聞いてから何を聞こうかと、いろんなことを考えているうちに訳がわからなくなっちゃって、失礼かもしれませんけど。
山田 ええ、ええ。
伊集院 漠然としておりますが、81歳になられたと(収録当時)。僕、先輩方によく聞くことなんですけど、80歳ってどうですか?
山田 やあ、人ごとみたいですね。うーん。70歳になったときにね、「ああ、もうじき死ぬな」と思って、なんかそういう姿勢でいたけども、もう死にそうな80歳になったんで、70歳になったときを思い出して、「ああ、そんなふうに先走って『死んじゃう』なんて決めなくてもまあいいか」と。
伊集院 僕ね、30歳のときも40歳のときも、50歳に近づいてきたなと思うときも、大体落ち込んでいるんです。
山田 そういうもんですよね。
伊集院 でも先輩方から、「そういうもんです」と言われるとすごくホッとするんです。
山田 そういうもんです。あの、外国の作家ですけれども、ミラン・クンデラという人がね、「人間というのはいつも、知らない人生を知る前にその人生を生きなきゃならない」って。つまり恋愛というのは、どんなものか知らないうちに恋愛をしなきゃならなくなる。結婚も結婚するときに結婚の現実なんて知らないです。老年もみんな老年を知らないで老年になってしまう。だからこの宇宙は未熟な宇宙だというようなね、言い方をしているんですよ。そういう〝知らない〟ということが、生きる活力にもなってるのかなと思いますけどね。
伊集院 まさにそこが聞きたいところで、だって40歳のときに書かれた脚本にも80歳の人が出てくるわけじゃないですか。それなりに普通の人よりは80歳について想像はしてるお仕事ですよね。でも、その自分で80歳を体験したときには……。
山田 違いますよ、やっぱり。
伊集院 面白いもんなんですか?80歳は面白いと思うこと、一個でいいんで欲しいんです。
山田 まあ70歳からそうだけど、もう女の人にモテようなんていうことの関心がなくなってしまった。
伊集院 えっ、なくなるのはいいこと?悪いこと?
山田 いいことだと僕は思いますね。80歳くらいになってね、まだ俺モテるかな、なんて思っているのもみっともない。
伊集院 想像すると、10代の頃から一番の関心ごとなのに、僕なんかちっとも得意でなかったことが、いよいよ関係なくなるというのは、ちょっといいですね。
山田 気楽になりますよ。それでね、女の人のね、人柄のよさなんかが見えたりします。
伊集院 老年になってくると、そこが見えてきます?
山田 ええ。若いときはね、やっぱり形がいい人、セクシャルな人とか。それがね、ふっと取れちゃうのね。それで、その人の人柄、付き合いのよさとか、いろんなものがちょっと見方が変わったなっていう。「きれいだからって何?」って感じになってくるんですよ。
伊集院 そうか、そこがフラットになると、異性も同性も本質が見えてくるのかもしれない。
山田 それから、木下晋さんという画家がいらっしゃって、鉛筆で大きな細密画を、老人ばっかり描かれるわけですよ。老女を特に。それで、そのシワたるやすごい細かさなんですよ。それで、「どうしてこんなに上手な方が、きれいな女の人を描こうとお思いにならないんですか?」と聞いたら、「シワのない肌はつまらない」とおっしゃったんですよ。
伊集院 いい言葉だ。
山田 ちょっと意表を突かれてね、ああ、なるほどなと。この人はシワ2つか3つあるからいいなって思ったりするんだって。
伊集院 すごい。それめちゃめちゃ教訓が入っていると思うのは、まあ近いところで言うと、CGの美女ってつまんない。
山田 つまんないですね。
伊集院 ほんとにつまんないですよ。・・・もうひとつ言うと、ぐっと飛躍しますけど、ネットのグルメサイトっていっぱいあるでしょ。そうするとね、ベストテンのところから食べに行ってると絶対にうまいんです。でも、つまんないんです。「こいつよく店を持てたな」っていうとんでもないところに当たらないんです。
山田 そりゃ、当たんないでしょうね(笑)。
伊集院 このね、「店を持ってるプロの料理人が、よくここにパイナップル入れたね」っていうやつに会わないんです。だから、エラーのない人生はいいかもしれないけど、つまんない。
山田 その通り。・・・
P138
みうらじゅんさんについて今さら何を書こう。みうらさんについて書いたりしゃべったりするときに「尊敬する~」と頭につけるくらいリスペクトしている。
間抜けなエピソードは、ご本人が書いたりしゃべったりしているので、ここでは、尊敬するみうらじゅん氏が僕にくださった名言を取り上げたい。
終わった仕事を、ああすればよかった、もっとこうできるはずだったと反省するのは間違ってる。終わったことを40点だったと感じたならば、それは、始める前に設定した100点の基準のほうが間違っていて、終わった仕事は全部100点満点だ。
みうらじゅん大先生がこの言葉を言った場所は、アルバイト店員が「お願いだからもう帰ってくれないか?」という顔をしてた、明け方の居酒屋エンジョイ天狗でのことだったし、話の前後に、男の乳首に関するまったくどうでも良いエピソードが散りばめられていたけど。
「あいつはプライドを捨てた」とか言う人がいるけど、ピンチのときに、プライドをちょっと横に置いておくくらいなんでもないよ。キチンと汚れないように風呂敷で包んで、あとで拾えるように置いた場所を忘れずに、一旦横に置いときゃあ良いんだよ。
この言葉にも助けられた。居酒屋魚民で、剃毛の話をしている合間に出た言葉だけど。
今回のトークの中でも、尊敬するみうらじゅん大先生は「映画をすべて『いい』『悪い』で考える人いるじゃないですか?『つまらない』とか『面白い』とか。そんなんじゃないです。縁です。すべて縁です」という格言を残されている。ただ、それが「わさお」トークの中なんですよね……いや、そこがいいんじゃない!
ところで3日ほどブログをお休みします。
いつも見てくださってありがとうございます(*^^*)
